工学院大学とは工学院大学の教育

理科教室の展開と支援学生への教育波及効果

テーマ名 主として大学と地域・社会との連携の工夫改善の関するテーマ
取組名称 理科教室の展開と支援学生への教育波及効果=地域貢献活動を通じての学生のデザイン能力等の育成を目指した工学教育の実践
キーワード 1.地域貢献 2.工学教育の実践 3.支援参加学生  4.教育波及効果 5.理科教育振興

第13回「大学の先生と楽しむ理科教室」実施報告

1.本取組の内容

本学では平成6年度から10年間にわたって、八王子キャンパスで多摩地域の小・中学生に理科関心を高め、面白さを知ってもらうという教育面での地域貢献と、また大学生が子供達とふれあい、教えることの楽しさを知ってもらうという人間教育を目的とした『大学の先生と楽しむ理科教室』(以下『理科教室』と言う)を毎年開催している。この『理科教室』は毎回約60以上に及ぶ演示テーマを設定し、約80名の演示担当教員、約450名の大学院生及び1〜4年次の学部生のスタッフにより、参加者数約7,000名に対して、夏休み最終に近い土・日曜日の2日間で開催されている。本催しは平成15年度に10回目を迎え、この間の参加者数は表1のとおり、延べ6万3,235名に及んでいる。大学単独の地域のおける理科教育啓発事業としては、演示テーマ数と参加者数で全国的に例を見ない最大級の規模を誇っている。

 この『理科教室』開催は、バブル経済に影を落とし始めた昭和62年頃より「若者の理科嫌い・理科離れ」が、顕著になり始めたことが契機となっている。学校基本調査でも、大学の理工系学部への延べ志願者数は、昭和61年度には約74万8千名で総志願者数の約25.6%を占めていたが、これが年々低下し、7年後の平成5年度には19.5%まで落ち込み、高等学校の理系クラス数も確実に減少していた。これは今後、日本経済を支えてきたエンジニアが不足することを意味しており、科学技術創造立国を標榜するわが国にとって軽視出来ないものであった。小・中学校の理科教育においては、実験・観察を通じての創造性の伸張や自主性の涵養が求められていたが、しかし暗記中心という教育の実態の中で、隙間はますます拡大していた。

本学は明治20年の建学以来の伝統を受け継ぎ、工学に関わる理論と応用そして実験を特徴とした教育目標を掲げ、科学技術創造立国の中核となるべき優れた実践力を備えたエンジニアを育成するための教育・研究を100有余年にわたり継続的に取り組んできた。本学はこのような状況の中で、子供達の目を理科・科学に引きつけるためにも、わかりやすい科学の原理、不思議な科学現象、面白い実験、楽しい理科遊びなどを大学の先生と一緒に体験させることで科学技術の面白さや夢を伝え、科学技術が身近な存在であることを認識させたいとして、この催しを実施した。この目的を達成するために本学は社会に開かれた大学として、特に八王子の地で他大学に先駆け工学教育を開始した経緯から八王子キャンパスで開催し、多摩地域への教育的還元・貢献を強く意識しながら取り組んだ。ひいては、これらの活動を通して蓄積された多くの成果を、初等・中等教育と連携した高等教育の魅力的な中身に反映できる工学教育システムとして構築することも目指した。

毎年、工作(自作)、体験(実験)、観察及び講義等の形式の演示を約60以上のテーマ設定をしており、自作(工作)では、「石ケンをつくろう」など10分程度で完成するものや、180分かかる「線上を走るロボットを作ろう」などがあり、また、「燃料電池車に乗ろう」などの体験ものや「さわって観察してみよう!宇宙からの贈り物(大きな隕石)」などの観察ものまで、学齢に合わせたバラエティ豊かな演示テーマを用意している。特に、開催日が夏休み後半であるため自作(工作)もの50%、体験(実験)もの40%の割合で、小・中学生の夏休み宿題の工作や自由研究の一助になるよう配慮している。  

平成15年度の第10回『理科教室』アンケート結果でも、参加者7,463名のうち小・中学生4,350名(58.3%)、子供達の保護者2,669名(35.8%)と半数以上の子供達が保護者同伴で参加し、また、地元八王子在住者は33.4%を占め、本催しが地元八王子地域にしっかりと根づいていることを証明している。 表1 理科教室の演示テーマ数と参加者数

表1 理科教室の演示テーマ数と参加者数
開催回数 開催日 テーマ数 参加者数
第1回 平成6年8月20日 54 1,200
第2回 平成7年8月19・20日 98 5,444
第3回 平成8年8月24・25日 60 5,900
第4回 平成9年8月23・24日 64 6,088
第5回 平成10年8月22・23日 58 7,254
第6回 平成11年8月21・22日 59 7,824
第7回 平成12年8月19・20日 60 7,620
第8回 平成13年8月25・26日 62 6,628
第9回 平成14年8月24・25日 69 7,814
第10回 平成15年8月23・24日 72 7,463

参加者総数:6万3,235人

  本催しは、法人広報部が事務を所管しているが、図1のように例年2月に学長のリーダーシップのもとに、大学教務部長が統括責任者となって演示担当及び企画進行プロジェクトチームが結成される。演示担当プロジェクトは、大学各学科から担当教員が選出され、19名程度で組織される。ここでは大学各学科・研究室で演じるテーマ設定と演示時間等の検討、演示に必要な材料等の見積額、演示補助者(大学院生・学部生)の手配等の検討・準備を行う。企画進行プロジェクトは、大学事務職員を中心として16名程度で組織され、ポスター・チラシの制作と広報活動、当日の誘導案内方法や演示場所の決定、当日の人員配置と昼食の手配等について検討・準備する。演示担当と企画進行の合同プロジェクト会議は、開催当日までに最低約3回程度開催し、意思統一を図っている。演示補助者である支援参加大学院生及び学部生は、1演示テーマに5〜10名程度でスタッフ編成され、実験や工作の手順・説明についてアイデアを出し合い検討し、説明チラシ作成やパネル作製、実験材料等の購入から演示場所の設営までを行っている。  

  演示担当教員から依頼または指名されて、「お手伝い」として参加していた演示補助者である支援参加学生は、当初は約90名程度であったが、「子供達にどのように科学の原理や実験結果を理解させられるか」、「どう工作方法や実験手順をわかりやすく適切に説明できるか」、「工作や実験を安全に指導できるか」等を考えるようになり、また、子供達と一緒に実験等を行うことを通じて参加者とのコミュニケーションと教えることの楽しさを知り、現在では、約450名以上の学生が自主的に支援参加している。まさに、大学教員と事務職員そして学生の三者の協力体制によって、この催しは運営されている。

  このような体制で運営される催しは、参加者アンケート結果によれば、「初めて参加した:63%、2回目:22%、3回以上:15%」と4割近くがリピーターで、また「楽しかった:92%」と極めて高い評価を得ている。

図1 理科教室の全学実行体制

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2.本取組の特色

(1) 大学全体での取組と地域との連携

『理科教室』は学長のリーダーシップのもとに大学全体の取り組みとして、大学教員、事務職員、大学院生及び学部生が一体となって取り組み、子供達に対する理科啓発、学生の人間性の涵養、そして多摩地域の教育振興に寄与している。本学は新宿と八王子にキャンパスを有しているが、大学の教育研究活動を地域に還元するとの考えから、あえて都心ではなく八王子地域で開催した。当初は地元の八王子市と日野市・相模原市の3市の教育委員会より後援を受け、小・中学校と生徒への広報を依頼していたが、現在では、立川市・多摩市・町田市・あきるの市・昭島市・福生市・青梅市・羽村市・府中市・津久井町の多摩地域13市町教育委員会と八王子市、八王子市学園都市文化ふれあい財団へと拡大し、参加者の63%がこの催しを小・中学校から紹介されている。また、東京家政学院大学、東京都立多摩工業高等学校、八王子消防署、アイメイト協会後援会などの学外団体や本学卒業生グループによる演示提供など、地域における協力関係も徐々に拡大している。  

本催しと同種のイベントは他大学でも実施されているが、本学のように大学キャンパスと隣接する附属中・高等学校キャンパスを全て提供・開放している大学はない。予約不要で参加費も無料とし、子供達だけでなく保護者も安心して楽しめる「地域のお祭り広場」としている。

(2) 学生に対する教育の一環としての取り組み

工作や実験では子供達がカッターナイフや裸火、また、様々な薬品を使用するために最大限の注意義務が要求され、更に子供達と保護者から厳しい目に晒される。「学生さん達がとてもていねいに教えてくれた」、「学生の対応がとても良い。わかりやすく説明してくれた」という褒め言葉だけでなく、「指導してくれたお兄さんが、もう少しテキパキ教えて欲しかった」、「学生さんに質問したが、自分のところ以外、わからない人が多い」等、厳しい意見も出される。毎年、こうした厳しい評価に対応して、演示の実質的な担当者である大学院生は、演示テーマの設定から具体的な実験の手順のとりまとめまでを、事前に多くの課題を整理しながら改善・解決策を提案することが要求され、このようなプロセスを体験することで、「デザイン能力」や「解決能力」の育成に大きな成果をもたらしている。そして、演示の補助的担当者である1〜4年次の学部生は、小・中学生に対し最前線で実験の手順の説明と実験過程における指導方法の改善に取り組むことで「コミュニケーション能力」の育成と「エンジニアとしての自覚」の向上に繋がっている。

3.本取組の有効性

(1) 積極的に支援参加する学生の定着と全学的な拡がり

本学では、多くの小・中学生を対象とする『理科教室』の立案準備段階で、本催しが大規模で緻密かつ安全性及び信頼性を確保した上で展開されるためには、専門的素養を有する大学院生及び学部生の支援活動が必要不可欠であると判断、学生の支援参加を強制によるものではなく、自主的かつ積極的なものとするべく全学的な雰囲気作りを系統的に実施した。その結果、現在では、支援参加する学生自体が主催側の主役と自負する状態が定着しつつある。平成15年度は447名の学生が支援に参加しており、学生の在籍学年は大学院及び学部の全ての学年に拡がり、また、その所属学科と研究科も本学の全ての構成系列に及んでいる。ちなみに、表2に第1回から第10回までの『理科教室』の支援者として参加した学生数の推移を示した。この数字からも、支援参加学生が学内の他の学生に及ぼす影響はかなり大きいものと類推される。

表2 理科教室参加者数と支援参加学生数の推移


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(2) 催しの実行を経て確立されてきた支援参加学生に対する学習・教育目標

  • 科学技術に関わる調査・整理・解析能力の育成
  • コミュニケーション能力、デザイン能力及びプロデユース能力等の育成
  • 自己の有する専門分野に関わる知識の再認識と補強能力の育成
  • 与えられた問題を解決する能力及び応用展開能力の育成
  • 科学技術の展開における安全性及び信頼性に関わる知識の必要性に対する認識の向上と同技術の会得
  • 科学技術に対する技術者としての倫理観の育成
  • 与えられた科学的な事象を平易に説明するための口頭発表能力の育成
  • 与えられた内容をもとに指導を行う能力の育成
  • 科学に携わる者としてのやさしさの育成
  • 科学技術を担うエンジニアとしての社会性の育成
  • 学習・教育目標に対する有効性の検証
  以上の設定した学習・教育目標の達成の程度がどのようなものであるかを確認するために、過去に遡って支援参加者に対するアンケート調査を実施した。これらの結果より、『理科教室』の実施に伴い得られた学習・教育効果が具体的に明らかとなった。以下に、学習・教育目標として設定した内容に照らし、調査結果をまとめた。

調査・整理・解析能力、コミュニケーション能力、デザイン能力及びプロデユース能力等の育成
回答者の4割を超える者が、自己に及ぼした影響としてこれらの項目を挙げている。すでに社会人となっている者は、得たものが仕事上に何らかの効果をもたらしている可能性があるとする一方、在学生については、以後の学習への取り組みに意欲が出たなど好影響を及ぼしていると自己解析をしている者が多かった。この結果は、指導役の教員から得られている結果と符合している。
通常、学生の多くが生活体験の中で自分自身の調査結果に基づき、自己の力で企画・立案・実行した経験を殆ど有してはいない。それに対し、本催しへの支援参加により、演示責任者である教員のもとで企画・立案作業の指導を受けることとなる。指導は出来得る限り示唆の範囲に留め、学生に「小・中学生がどのような理科実験を求めているか(社会ニーズ)」、「どのような理科実験であれば技術的に可能か(技術情報)」等に対して調査の実行を誘導し、更にそれらの調査結果をもとに、何度もの討論や実験の試行錯誤を積み重ね、何もないところから具体的な演示テーマを組み上げる経験をさせている。また、自らが組み上げた演示テーマを小・中学生及び保護者の前で具体的に展開することにより、その全てが検証される強烈な体験をすることとなる。これらを通して、自ら積極的に参加したが故に、調査・整理・解析、コミュニケーション、デザイン及びプロデユースに関わる能力の向上を自己診断するに至り、これが印象付けられ、以後の生活に影響を及ぼしていると考えられる。

専門分野に関する知識の再認識と充実、問題解決及び応用展開能力の育成
回答者の6割前後がこの項目を挙げており、卒業生と在学生共に勉学態度への影響があったことを強調する者が多かった。
確かに、演示テーマの企画に際し、多くの学生は自らの専門分野に関わる範囲で演示テーマを考えることが殆どである。当然、対象となる小・中学生に科学技術の面白さや夢を伝え、そして受け入れられ、喜ばれる実験テーマとして構築するためには、専門分野の基礎を十分に理解し把握することが大切であることを認識させられることになる。また、年少者が参加出来得る内容にするためには、知識の応用展開の必要性等を強く迫られることにもなる。これらを解決する経験及びテーマの構築を具現化する体験等が、その後の勉学等に生かされることは言うまでもない。

安全性及び信頼性についての認識、技術者としての倫理観の育成
回答者の6割強がこの項目を挙げ、特に演示テーマの決定に中心的な役割を担った者については9割を超えるに至っている。
通常、学生は教員から受身の姿勢で安全指導を受ける立場にある。それに比して、催しの遂行過程では、主催者側かつ企画立案者として演示テーマの安全性に責任を負う立場となり、終始、展開テーマの安全性及び信頼性の検証の必要性を認識させられる。したがって、これらを経験することを通して、安全性及び信頼性に対する認識を深め、更にはこれらを解決する努力を通して、技術者の負っている倫理観等が育成され得るきっかけとなっているものと考えられる。

口頭発表能力、指導能力の育成
回答者の8割が催しへの支援参加の体験を通して、口頭発表能力の必要性を認識し、更に、いささかの自信を得たと表明している。また、支援参加がその後の進路に影響を及ぼし、現在、小・中学校教諭になっているとの報告も数件あった。
催しは、年齢及び理解度の大きく異なる多数の小・中学生を対象に展開されている。実験の演示の際には、実験の概要及び実験手順の説明等を出来得る限り支援参加学生に担当させるようにしてきた。学生は、聞く立場ではなく聞かせ理解させる側に立つことになる。当然、彼らは、小・中学生にとって難しい内容を自身が理解し、出来得る限り平易な言葉で説明することにより理解してもらわねばならず、この際に物事を理解すると共に要領よくまとめ判り易く説明出来得ることが強く要求されることになる。これらの課題を乗り越えることを通して、口頭発表能力等の向上がもたらされるものと考えられる。

人間としてのやさしさ、社会性の育成
回答者の3割近くが支援参加して得たものとしてこの項目を挙げている。
年齢の幅が大きく、また学習能力及び理解度が大きく異なる小・中学生に、学生を対峙させることにより、その対応や交流等を通して寛容等を含む人間としてのやさしさの育成が成される契機となったものと考えられる。更に、学生が多くの保護者と交流することで、親と子供、家庭及び社会のあり方を考察することで社会への適応能力の育成にも寄与したものと考えられる。ちなみに、男女を問わず家庭を持つ回答者の多くが、催しに支援参加することで得られた体験を、自分の子供への教育に生かしている側面があると回答している。
これらの調査結果は、当事者である学生及び教職員に『理科教室』への学生支援参加が、同取り組みで設定された学習・教育目標を十分にクリアーしていることを明確に示している。更にこの取り組みは、「科学技術創造立国を中核的に支えるエンジニアの育成」を標榜する本学にとって、新しい魅力的な教育方法、並びに手段を効果的に提供するものであるとの認識を全学的に共有することに役立っているものと判断される。

4.将来展望

本学の地域貢献策の一環として始められた『大学の先生と楽しむ理科教室』の展開が、それを支援するために参加する学生の学習及び教育の側面のみならず、卒業後の生活にまで大きな好影響を及ぼしていることが明確になったことを受け、本催しを実践的な教育方法、並びに手段を効果的に提供する新しい教育プログラムとして位置付け、今後更にカリキュラム及びキャリア支援プログラム等に積極的に取り入れ、教育改善を推進していく。

また、本催しを展開することにより培ったノウハウをベースに、地域の小・中学校を対象とする『出張理科教室』を展開する等が企画されている。  

なお、これまでの取り組みにより得られた成果及び今後の取り組みは、他の高等教育機関に対しそのノウハウを提供すること等を通して評価され、その波及効果はきわめて大きく有効であるものと考える。

写真

写真1 理科教室演示風景・その1 画像をクリックすると拡大します

写真2 理科教室演示風景・その2 画像をクリックすると拡大します

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