【開催レポート#3】意思を持つことの大切さ

2020 / 11 / 18

第3回 道先案内人/英国コベントリー大学准教授 豊田裕樹さん

国内外で活躍する卒業生を道先案内人に迎えて行われるオンライン参加型セミナー『KUTE CheerUp Seminar 2020』。
『MY CheerUp(元気の源や座右の銘)』、『MY Story(成功体験+挫折経験)』、『MY KUTE(自分にとっての工学院)』というテーマを柱に、さまざまな分野で活躍する卒業生の講演や対談を配信する本イベント。
第1〜3回のセミナーで道先案内人を務めたのは、自動車レース用エンジン開発の分野で世界的に活躍し、現在は英国国立コベントリー大学で教鞭を執る豊田裕樹さんです。

豊田 裕樹さん

工学院大学工業化学科を1989年に卒業。
以来、日本と海外を拠点に30余年にわたり自動車レース用エンジン(F1、ルマン、WRC、WTCC世界選手権レース)及び量産スポーツモデル等のエンジン開発、試作、実車両テスト、技術サポートを事業化し、欧州をはじめ世界各国で活躍する。
2017年に英国にてエンジニアリングコンサルト会社を設立。その一方で、次世代育成を目的に英国国立コベントリー大学で准教授としてモータースポーツパワートレイン技術などを教えている。
前回までのセミナーでは、エンジン開発を志すようになった学生時代のエピソードや渡米後にレース業界で職を掴むまでのストーリーとともに、「好きな事を好きといえる自分を創る」ことや「好きな事をやり通す自分を創る」ことの大切さについて教えてくれた豊田さん。
■これまでの開催レポートはこちら: 第1回 / 第2回

3回連続セミナーの締めくくりとなる今回は、海外での仕事との向き合い方や大学に通うことの意義について、豊田さんの実体験をもとに多彩な話題が展開されました。

2020年10月31日に行われた『第3回 KUTE CheerUP Seminar 2020 』。さまざまな気づきと学びに満ちたオンラインセミナーの模様をレポートします。

佐藤学長による挨拶

2020年10月31日に開催された『第3回 KUTE CheerUP Seminar 2020』。
約100人もの在校生や卒業生、保護者が参加したオンラインセミナーは、佐藤光史学長の挨拶でスタートしました。

「全3回にわたる豊田先生セミナーも、本日がまとめとなります。
このセミナーが行われている2020年10月31日は、工学院大学の133回目の創立記念日です。
そんな節目の日に豊田先生からみんなが元気になれるようなお話を伺えることを、楽しみにしておりました。
また今後も、世界で活躍する多くの卒業生にご協力いただき、学生諸君を盛り上げられるようなセミナーを続けていきたいと考えています」

“道先案内人”の豊田裕樹さんが登場

「全3回に及ぶセミナーも今回が最後なので、全力でお話させていただきます。
私はモータースポーツの世界で35年間、いろいろなことを経験させていただきました。
今日はその経験をもとに、海外で働くことの意味や楽しさ、苦しさなどをシェアしていきたいと思います。
学生のみなさんをはじめ、本セミナーに参加してくださっている方々が、私の話から何かを掴み取っていただければと願っております」

そんな挨拶とともに、イギリス・コベントリーのご自宅からオンラインセミナーに登壇した豊田裕樹さんは、言葉を続けます。
「第1回のセミナーでは『好きな事を好きといえる自分を創る』をテーマに、自分の将来像を考える習慣をつけることや好奇心を持つこと、失敗を恐れないこと、USP(Unique Sales Point)を持つことの大切さ。そして、“自分の意志”なくして成功なし、ということをお伝えしました。
また、第2回のセミナーではCan Do AttitudeやAction Plan、Plan Bといったキーワードを軸に『好きな事をやり通す自分を創る』ことの大切さをお話しました」

豊田さんはそう言って、前回までのセミナーをおさらいしました。そして話題は本題へと入っていきます。

意思を持つことの大切さについて。

日本で過ごした学生時代にエンジン開発を志すようになり、20代前半で単身渡米。苦労の末にレース業界で職を得ることができた豊田さん。
その後、転職活動を経て一度は日本に戻った豊田さんは、やがて“レースの本場”であるイギリスに渡るという夢を実現させます。その原動力となったのは、本セミナーでも繰り返し語られてきた“意思を持つこと”の大切さです。

「経済不況の影響で転職を余儀なくされた私は、日本企業の米国法人に採用される形で日本に逆赴任することになりました。
当時の私は26歳。『アメリカ帰りだから英語が話せるだろう』という周りの期待に応えるために、在米中よりもさらに英語を勉強しました。
また、同僚の『Engineer? or Interpreter?(エンジニアか通訳者か)』という言葉に触発され、エンジニアとして世界に通用する人になりたいとあらためて思うようになりました」

世界一のエンジニアになりたい———。
そんな確固とした“意思”とともに自己研鑽に励んでいた豊田さんの努力は、やがて当時の勤務先にも認められることに。
そして、イギリス行きのチャンスを掴むことができたと言います。

「F1チームのほとんどが拠点を置くことからもわかるように、イギリスはレース業界の本場ともいえる場所。
世界の名だたる人材と企業が集中するこの地で一番になることは、世界で一番になることだと考えたのです」
こうして1993年に渡英の夢を叶えた豊田さんは、レースの本場でエンジンのエンジニアとして活動することに。
とはいえ、レースの世界は甘いものではなく、挫折の日々が続いたと豊田さん。

「1番になれば10年、20年とみんなの記憶に残るけれど、2番手だとすぐに忘れ去られてしまう。
レースの世界は厳しいもので、勝たなければ意味がない。レース前には現地のエンジニアたちと一緒に朝4時まで準備する戦いの日々が続きました。
そして、1995年にようやく初優勝できた。あの時は、本当にうれしかったですね」

職業人生は40年。好きなことを続けるために。

レースの本場で初優勝を果たした豊田さんは、29歳の時に現地法人を設立するチャンスに恵まれます。
一見、順風満帆のように思える展開ですが、外国で会社を経営することは、苦労の連続だったと豊田さんは話します。

「海外で会社を設立し、20代〜50代の部下を持つようになって感じたのは、コミュニケーションの難しさでした。
自分の意図がうまく相手に伝わらないことが多く、その度に『相手の努力が足りないんだ』『相手の理解力がないのが悪いんだ』と考えてしまうし、何もかもがうまくいかなかったんです。
挫折、挫折の連続で、『挫折は自分にとっての日常』とさえ思えるようになっていましたね(笑)」

そんな挫折の日々にいる豊田さんを変えたのは、会社の部下から伝えられた「Not everyone is like you!(みんなが君と同じようではない)」というひと言だったそうです。

「みんなが自分と同じことができるわけではないし、自分はこの国では外国人なんだということにあらためて気づきました。
そして『自分の意図が伝わらないのは、自分のせいなんだ』、『自分の努力がまだまだ足りないんだ!』と自分の思考を変えたら、いろいろなことがうまくいくようになりました」
そう話す豊田さんですが、海外で長く働くなかで学んできたことがあると話します。

「世界に出ると、自分の代わりになるような人材はいくらでもいる。
特にレースのようなニッチな業界では、自分の仕事やポストを狙うライバルがたくさんいます。
だからこそ、そこで働かせてもらえることへの感謝を忘れないことが非常に大切なのです。
また、外国人は現地の人の2倍働いてやっと現地の人と同じレベル。
3倍働いて初めて人の現地の人の上に立つことができる。
これは2倍、3倍の時間働くという意味ではなく、2倍、3倍効率よく動けということです。
海外で働くなら肝に銘じてほしいことですね」

さらに、自身の経験に基づいたエピソードを紹介しながら、さまざまな話題を展開してゆく豊田さん。
世界中を転戦するレースエンジニアという仕事のこと、自動運転や電気自動車などの最新技術のこと、大学で教鞭を執るようになった理由……など、ときにユーモアを交えながら紹介されるストーリーは、いずれも興味深いもの。
なかでも印象的だったのが、年齢や経験に応じた役割の変化を表現する「ECCE」というキーワードでした。

「20代はエンジニアリング(Engineering)を通じて自分をとことん磨き、30代はコマンダー(Commander)として人を動かすことに集中しました。40代になるとコンダクター(Conductor)として人を指揮することが求められ、50代になるとエデュケーター(Educator)として人を育てることが大切になっていくと感じています。

職業人生は40年続きますし、1日の3分の1は仕事をしている時間です。だからこそ、自分の意思を持って、頑張って、好きなことをやる。それが人生を楽しむうえで大切なことだと思います」

道先案内人が実感する“大学に行く意味”。

かつて工学院大学で学び、現在はコベントリー大学で教鞭を執る豊田さんは、“大学に行く意味”をどう考えているのか。セミナーの終盤には、そんなテーマが話題に上りました。

「大学に通うという行為は、自分への投資だと思います。
人脈と見地を広げること、一人で暮らせる能力を養うこと。
大学はそうしたスキルを身につける最適な場所です。
レース業界のように、大学卒業の学位を持っていないとエンジニアとして認められない世界もあります。また、学位があれば海外就労ビザが比較的取りやすいという側面もある。その意味で、大学を卒業することは夢への近道とも言えますね。
もちろん、大学で養った知識やスキルが高ければ、経済的にも優位な仕事やポジションにつくことができます。お金が全てではないけれど、やはり経済力も人生に必要な要素のひとつだと思います。」

大学に通う意義についてそう話す豊田さんは、さらに言葉を紡いでセミナーを締めくくりました。

「私が夢を追いかける過程で得た教訓をひと言で表すなら、やはり“意思を持つことの大切さ”という言葉に尽きます。
このセミナーに参加してくださった学生のみなさんが、自分で夢を描き、それに向かう勇気と根気と希望を持つ人(技術者)となることを心から願っています」
こうして豊田裕樹さんが道先案内人を務めた『KUTE CheerUp Seminar 2020』は大好評のうちに幕を下ろしました。

本セミナーは『My Cheer Up(元気の源や座右の銘)』、『My Story(成功体験+挫折経験)』、『My KUTE(私にとっての工学院大学)』をテーマに企画されたものです。
最後に、豊田さんが紡いでくれた力強い言葉のエッセンスをまとめてご紹介し、レポートの締めくくりとしたいと思います。

My Cheer Up:元気の源や座右の銘

・好きな事をやり通す自分を創る。
・USP(Unique Sales Point)「これだけは誰にも負けない」を持つこと。
・Plan Bを持つ:世の中思った通りに行かないことが当たり前。Plan Bがあれば、失敗しても大丈夫。
・うまく行かない時は思考を変えてみる=日本の常識、世界の非常識

My Story:成功体験+挫折経験

・英国にきて四半世紀、世界33ヵ国に飛び回り技術を磨かせて頂いた
・会社を創る機会を2回経験させて頂いた。
・会社経営を経験させて頂いた。
・さらに業界の頂点を目指し続けた。
・大好きな業界で世界中の人々に育てられた。
・原動力は “自分の意思と耐力” !
・挫折の連続は、当たり前。このくらいであきらめては“本当は好きじゃない証拠”。

My KUTE:私にとっての工学院大学

・自分で選んだ大学、それは自分自身(自信)だ。
・大都会と大自然の2つのロケーションがいい。
・Curiosity(好奇心)を形にする環境だった。
・産業直結の研究課題がたくさんあった。
・就活支援が充実していた。
・何よりも私は自分の夢を実現できた。感謝

第4回セミナーは11月21日(土)開催!

建築業界でご活躍されている髙橋氏、平井氏、山口氏(プロフィール以下)をお招きし、学生時代や卒業後のキャリアストーリー、2019年に受賞されたグッドデザイン賞にまつわるエピソードなど、「建物を創る想いと『重箱ハウス』に詰められた夢」をテーマに、お話いただきます。
2019年グッドデザイン賞受賞 住宅[重箱ハウス](内観) 写真撮影:畑拓