ヒトの肺では、加齢に伴い真菌や寄生虫、ダニなどの主要成分であるキチンが蓄積し、肺線維症、喘息、真菌感染症などの疾患リスクが増加することが知られています。これらの疾患は、キチン蓄積が慢性的な炎症を引き起こし、肺組織の損傷や線維化を促進することで発症します。しかし、現行の治療法ではこれらの病態を十分に改善することが難しく、新たな治療法の開発が求められています。
先進工学部生命化学科の大川一明客員研究員と小山文隆教授らの研究グループは、肺の生理的条件下で高いキチン分解能を発揮する高活性化酸性キチナーゼ(hyperactivated acidic chitinase, Chia)を開発しました。この酵素は、蓄積したキチンを効率的に分解し、炎症の進行を抑制しながら肺組織の修復を促進する可能性があります。この研究成果は、国際的に権威のある学術雑誌 The Journal of Biological Chemistry に掲載されました。
https://www.jbc.org/article/S0021-9258(24)02602-4/fulltext
PDF は以下です。
https://www.jbc.org/action/showPdf?pii=S0021-9258%2824%2902602-4
研究概要
本研究では、低活性のヒト酸性キチナーゼ(Chia)の高活性化に焦点を当てました。大川研究員の以前の研究では、ヒト Chia の活性が非常に低いものの、61番目のアミノ酸をアルギニン(Arg, R)からメチオニン(Met, M)に置換することで活性が向上することが報告されています(https://academic.oup.com/mbe/article/33/12/3183/2450100)。今回の研究では、強力なキチン分解活性を持つカニクイザル (Macaca fascicularis) の Chia 由来の9つのアミノ酸をヒト Chia に組み込むことで、さらなる活性向上を実現しました。この改変型ヒト Chia(M-9)は、従来のヒト Chia を大きく上回る広い pH 範囲で高い活性を維持し、熱安定性も向上しました。この成果は、ヒトの肺におけるキチン蓄積が原因となる疾患に対する新たな治療法の可能性を示唆しています。
図の説明
カニクイザル由来の9アミノ酸によるヒト Chia の活性化
・ヒト WT:通常のヒト Chia は非常に活性が低い。
・ヒト R61M: 61番目のアミノ酸をRからMに置換することで、ヒト Chia の活性が大幅に向上した。
・カニクイザル:カニクイザルの Chia は強いキチナーゼ活性を持ち、至適は pH 5。
・M-9:カニクイザル由来の9アミノ酸をヒト R61M Chia に導入することで、高活性化し、pH 1~8の範囲で高い活性を示すようになった。
論文要旨の日本語訳は生命化学科ホームページをご覧ください。
生物医化学研究室:医療利用を目的とした高活性化ヒト酸性キチナーゼ (Chia) の作製を報告
論文情報
論文タイトル | Hyperactivation of human acidic chitinase (Chia) for potential medical use |
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和訳 | 医療利用の可能性を有する高活性化ヒト酸性キチナーゼ(Chia) |
著者 | Okawa, K., Kijima, M., Ishii, M., Maeda, N., Yasumura, Y., Sakaguchi, M., Kimura, M., Uehara, M., Tabata, E., Bauer, P. O., & Oyama, F. |
掲載誌 | J. Biol. Chem. (2025) 301, 108100 https://www.jbc.org/article/S0021-9258(24)02602-4/fulltext |
発表者 | 工学院大学 先進工学部 生命化学科 生物医化学研究室 Okawa, K., Kijima, M., Ishii, M., Maeda, N., Yasumura, Y., Sakaguchi, M. Kimura, M. Uehara, M., Tabata, E., Bauer, P. O. & Oyama, F. |
掲載雑誌について | The Journal of Biological Chemistry (JBC) は、米国生化学・分子生物学会(ASBMB)の代表的な学術誌で、生化学や分子生物学の分野で重要な研究成果を数多く掲載しています。創刊は1905年で、2023年度のImpact Factorは4.0です。 |
特許出願情報 | M-9 Chia とヒト疾患の治療におけるその使用に関する特許(EP23212155.8)を欧州特許庁に申請中 |
研究費 | 日本学術振興会 科学研究費助成事業:基盤研究(B) 23K27223(小山文隆) 工学工学院大学:総合研究所プロジェクト研究費(小山文隆) |