満員電車ゼロ鉄道講座を開催しました(報告レポート)

2016/11/19

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2016年11月3日に、アーバンテックホールで開催された工学院大学オープンカレッジ鉄道講座『満員電車ゼロ ~通勤・通学を格段に快適にする方法~』。特別無料講座として開催されたこの企画では、小池百合子都知事が公約の一つに掲げる『満員電車ゼロ』をテーマに、曽根悟特任教授と高木亮准教授、『満員電車がなくなる日』改訂版(戎光祥出版)の著者阿部等氏が登壇。それぞれの専門の立場から、満員電車解消について語りました。 日本の鉄道の現状や未来、満員電車をゼロにするための具体的な提案など、多様な視点から日本の公共交通のあり方を考えた今回の特別講座には、より快適で便利な公共交通を実現するための、いくつものヒントが詰まっていました。

曽根 悟 特任教授「手持ちの資源の中でサービスを向上することは可能」

はじめに登壇したのは、電気工学の視点から、信号、ダイヤ、車両の研究・設計に長年携わってきた曽根悟特任教授。日本を代表する工学者・鉄道技術者として知られる曽根教授は、講義の冒頭で「日本の首都圏の鉄道は、破局的状況にある」と分析。鉄道関係者も多く出席した会場の空気が引き締まります。
 
「ラッシュの時間帯の平均乗車効率は、昭和31年以降少しずつ改善されています。しかし、私は現在の日本の首都圏の鉄道を『破局的状況』と認識しています。その理由としてまず上げられるのが、予定ダイヤすら守れていないことです。例えば山手線の場合、午前8時台で5分、9時台で8分、10時台に間引き運転をすることでようやく通常間隔に戻っているのが現実です。また、連続30分以上座席がない状態で鉄道を利用する人があまりに多いことも問題。ニューヨークにもモスクワにも通勤ラッシュはありますが、これほど長時間にわたって着席できない都市はない。日本の鉄道は、先進国としての最低レベルに届いていないのです。また、昼間に比べてラッシュ時の所要時間が長くなってしまうこと、金曜夜間や休日を含めた早朝等のサービスの低下なども大きな課題だと考えています」。
 
 日本の鉄道の現状を分析した曽根教授は、続いて具体的な課題解決策にも言及します。
「車両や乗務員、駅の設備などを大きく変えることなく、手持ちの資源の中でサービスを向上することは可能です。たとえば、乗降分離による混雑の緩和や、車両の小改造による多扉・多座席化、総停車回数の削減や中速鉄道化による車両と乗務員の回転率の向上、長時間通勤者の着席率向上を目的とした地域分離型ダイヤの導入など、取り入れるべきことは数多くあります」と曽根教授。停車時間の削減や通過列車の活用による時間あたりの運転本数の増加など、さまざまな工夫が可能だと続けます。
「昔に比べて情報制御技術が高くなっているので、車両数を増やすことも可能。はみ出し停車の活用や選択停車の急行続行を活用すれば、現在の2倍近い輸送量を実現できるでしょう。また、現在は全長20m幅2.9mの4扉車で1車両54座席ですが、たとえば全長20mの6扉車で補助椅子まで用いた場合には70座席を設置可能。着席率を大きく向上させることができる。このように、日本の鉄道にはまだまだ取り組むべきことがあるのです」

高木 亮 准教授 「『列車高頻度化研究』で何らかの成果を出せる」

2人目の講師として登壇したのは、工学部電気システム工学科の高木亮准教授。鉄道の「現状」を分析した曽根教授に続いて展開されたのは、日本の鉄道の「未来」をめぐる講義でした。
 
「私が長く携わっている研究のひとつに、UCRT(Ultra-Convenient Rail Transport)があります。日本語では「超高度化鉄道システム」と呼んでいますが、簡単に言えば鉄道サービスの画期的改善を目指す研究です」と高木准教授。CBTCや自動運転技術などの新技術の「たね」を活用し、運行計画・管理、設備・信号、饋電システム、車両システム、鉄道利用支援など、鉄道を構成するサブシステムを有機的に結びつけることで、鉄道の魅力を高めることがこの研究の狙いだと高木准教授は話します。
 
「UCRTの研究のひとつに、混雑緩和や満員電車ゼロに直結する分野があります。それが『列車高頻度化研究』です。たとえば、すぐにでも実現可能なのが『通過主体高頻度ダイヤパターン』。これは既存の固定閉塞による信号システムを前提としながらより効率的なダイヤパターンを導入する研究です。また、より高度な研究として取り組んでいるのが、現在の鉄道システムの安全性の砦でもある『れんが壁衝突仮定』下における究極の高頻度化を目指す研究。その実現には、移動閉塞や同期制御、車上分岐などの新技術が必要になります。さらに、相対速度移動閉塞やソフト連結・CVSなどの研究が進んで行けばいずれは『れんが壁衝突仮定』そのものを外すことも可能だと考えています」と高木准教授。UCRTの実現には、列車位置検知の精度向上などの課題があるものの、真剣に取り組めば5年ほどで何らかの成果を出せる研究なのだと続けます。
「特に欧州では『Digital Railway』という言葉が、一種のバズワードになっています。たとえば英国では、デジタル技術を積極的に活用することで鉄道のキャパシティを40%増加させようという話が盛り上がっているのです。このようなトレンドから日本が取り残されないためにも、UCRTの研究は重要だと感じています」

阿部 等 鉄道講座講師 「できる施策から取り組んでいくことが必要」

続いて登壇したのが、(株)ライトレール代表取締役社長の阿部等氏。小池百合子が公約に掲げる「満員電車ゼロ」のアイデアの土台となった書籍『満員電車がなくなる日』の著者でもある阿部氏の講義は、「満員電車ゼロ」の基本的なコンセプトを説明することから始まります。
「鉄道の安全を維持しつつ、鉄道事業者の経営を改善し、多額の税金投入に頼ることなく達成することが基本コンセプトだと考えています。満員電車は、毎日何百万人もの人々が悩んでいる社会の課題。それをうまく解決することは、鉄道事業者にとって大きなビジネスチャンスなのです」と阿部氏。「たとえば、一部で普及の進む有料着席サービスを究極まで実行することで、着席と立席の別商品化が可能。東京圏の鉄道利用は1日あたり4000万人に上るが、平均客単価が40円向上すれば年間で6000億円の売り上げにつながる」。
「『満員電車ゼロ』を実現するための施策には、『総2階建て車両の導入』や(1)進路開通と同時の出発、(2)ドア締めと同時の出発、(3)選択停車ダイヤ、(4)車両の加減速度向上、(5)信号の機能向上からなる『5方策』による輸送力増強、プライシングの工夫などによる『時差出勤』、増発による『深夜の満員電車ゼロ』、乗車率データを活用した『満員電車の見える化』などがあります。たとえば中央線快速に『5方策』を導入した場合、現行の1時間30本に対し、1時間に45本まで運転本数を増やせます。できない理由ではなく、できる方法を考えてこそ問題解決が可能になる。ひとつひとつ、できる施策から取り組んでいくことが必要なのです」

登壇者による討論と会場からの意見

講座の後半は、まず、登壇者による討論が行われました。各登壇者が、お互いの講義を聴いた上での意見や感想を話しました。
 
「高木講師から『れんが壁衝突仮定』下でどれだけ時隔を詰められるかというお話しがありましたが、私の計算では究極的には60秒ピッチ、つまり1時間60本まで可能という結論が出ています。アカデミックな視点から見ていかがでしょうか」と阿部氏が切り出すと「従来型の施設を利用した場合でも、途中型駅であれば1時間60本、4線ある行き止まり型の駅でも1時間40本ぐらいだと考えています。一方、高木講師の話でいくと、もっとずっと向上させることができるということですね」と曽根教授は見解を示します。
鉄道事業者の経営改善を掲げる阿部氏の講義について、曽根教授は「満員電車を含めた破局的な状況は当然解決すべきこと。そのため、私は鉄道事業者の収入が増えると言うことは明示しておりません」と話します。高木准教授も「着席と立席を別商品として展開するという方向性があることは否定できませんし、積極的にお金を払いたい人に向けたサービス展開は考えてもいい。ただ、鉄道の社会的役割をどう考えるはとても重要な問題。文化系的なセンスで考えておく必要もあるのではないか」と続けます。話題は、日本の鉄道技術の東アジアへの転用可能性や、地上分岐にかわって車上分岐を導入するメリットと課題などへ移り、討論は熱を帯びていきました。
 
討論の後は、会場からの意見・疑問を受け付けました。鉄道事業者などの専門家が多く参加した講義だけあって、質疑はいずれも具体的かつ専門的なものばかり。総二階建て車両の実現性や鉄道事業者間の経営マインドの格差、CBTCの可能性、「満員電車ゼロ」のためのサービスなど、さまざまな意見が飛び交いながら、2時間40分に及ぶ特別講座は幕を閉じました。

プロフィール

曽根 悟(そね・さとる)
工学院大学特任教授。東京大学工学部卒。工学博士。電気工学の視点から、信号、ダイヤ、車両の研 究・設計に携わる。国内外の鉄道事故解説などでメディア出演多数。著書『新幹線50年の技術史』ほか。 
 
高木 亮(たかぎ・りょう)
工学院大学工学部電気システム工学科准教授。東京大学工学部卒。博士(工学)。NHKBS1「Japan Railway Journal」レギュラー出演中。 
 
阿部 等(あべ・ひとし)
株式会社ライトレール代表取締役社長。東京大学工学部卒。工学院大学オープンカレッジ鉄道講座講 師。著書『満員電車がなくなる日』改訂版(戎光祥出版)。
鉄道講座詳細については、こちらをご覧ください。 ※リンク先は、申込外部サイトです。