田畑絵理客員研究員が、反芻動物でキチンの分解能力が失われた原因を解明

2023/08/08

  シェアするTwitterでシェアFacebookでシェアLINEでシェア

先進工学部生命化学科 田畑絵理客員研究員(日本学術振興会特別研究員(PD)、2020年度本学化学応用学専攻修了)と小山文隆教授らのグループは、昆虫の外骨格「キチン」を分解する酸性キチナーゼ(Chia)が、反芻動物でその機能が失われた原因を解明しました。今回の成果は、ほ乳類の食性と進化の解明や、昆虫の家畜飼料利用につながる重要な発見です。この成果は、国際学術雑誌 “iScience”の電子版に公開されました。

現代のほ乳類は、食虫性の祖先から進化した。
(画像左)昆虫を食べなくなったウシ科のChia は、128 番目のアミノ酸がヒスチジン(H)で低活性であったが、Rに置換(H128R)することで活性化した。
(画像右)他方、昆虫を食べるウシ科の動物は128Rを保持し、そのChiaは高活性を示した。そして、R128H置換によって低活性化した。
小山文隆教授(先進工学部長)コメント

ほ乳類の祖先は食虫性の動物であったため、現代のほ乳類は昆虫を消化する能力を持つ可能性があります。日本学術振興会特別研究員の田畑さんは、これまで、様々な動物について、Chiaのキチン分解能と食性の関係を研究してきました。これまでの研究と今回の研究により、キチンを含まないエサを摂取している肉食動物および草食動物のChiaは、遺伝変異によって活性低い酵素に進化していること、一方、キチンを積極的に消費する種は高活性のChiaを維持していることを明らかにしました。この成果は、生化学、分子生物学、分子進化学、農学など、分野横断的な研究であるため、国際的に高く評価されたと考えられます。

研究概要

酸性キチナーゼ(Acidic Chitinase, Chia)は、昆虫の表皮を構成するキチンという物質を分解する酵素です。しかし、草食動物や肉食動物は、雑食性の動物に比べてキチナーゼ(Chia)の活性が非常に低いことが知られています。この研究では、なぜウシのChiaの酵素活性が低いのか、その原因を解明しました。
まず、キチナーゼ活性がとても高いマウスと活性が低いウシの Chia を、遺伝子工学的な技術を用いて組み合わせた「キメラタンパク質」とアミノ酸を置換した「変異体」を作製し、ウシのChiaの活性化を試みました。ウシ Chia のN末端から128番目のアミノ酸をヒスチジン (H)からアルギニン (R)に変異すると活性化しました。128H は大部分の草食性のウシ科動物で認められましたが、一部の昆虫を食べる種では128R になっていました。家畜として重要なヤギやヒツジも128Hでしたが、128Rに変異すると活性化しました。これらのことから、動物の摂食行動(昆虫などのキチンを含んだエサを食べるかどうか)とキチンの分解性が関連していることがわかりました。
さらに、クジラ偶蹄目に属する67種のChia酵素を進化学的に分析した結果、草食性のChia酵素は機能的制約が緩和されていました。つまり、草食動物のChia酵素は、キチンを含まない食事に適応するために、遺伝子変異が起こり、活性の低いChiaに進化したということがわかりました。

論文情報

論文タイトル Evolutionary activation of acidic chitinase in herbivores through the H128R mutation in ruminant livestock (和訳:反芻動物におけるH128R変異による酸性キチナーゼの進化的活性化)
著者 Eri Tabata, Ikuto Kobayashi, Takuya Morikawa, Akinori Kashimura, Peter O. Bauer, Fumitaka Oyama
掲載誌 iScience, 26, 107254, 2023
※iScience は、Cell Press が発行する新しいオープンアクセスジャーナルで、生命科学、物理科学、地球科学、健康科学における独自の研究のためのプラットフォームを提供します。2022年度の Impact Factor は、5.8 です。
研究費 日本学術振興会 科学研究費助成事業:特別研究員奨励費(田畑絵理)、基盤研究(B)(小山文隆)
工学院大学:総合研究所プロジェクト研究費(小山文隆)
生物医化学研究室:H128R変異によって、反芻動物の酸性キチナーゼを進化的に活性化できることを明らかにしました
生命化学科オリジナルサイト
化学応用学専攻