好きなことをやり続けた先に 見つけた自分の”役割”

好きなことをやり続けた先に 見つけた自分の”役割”

~アートディレクター 長谷川真弓さんインタビュー~
2018 / 11 / 20
 工学院大学は、日本に工業化の風が吹き始めた1887年に設立され、これまで10万人を超えるものづくりのプロを輩出してきました。卒業生たちは、大学で培った技術や知識を活かし、工業分野のみならず幅広いフィールドで活躍しています。
今回登場いただく先輩は、日本の伝統技術を活かしたバッグや財布を展開するブランド「ACAMAL」で、アートディレクターを務める長谷川真弓(はせがわ まゆみ)さん。長谷川さんは、工学部建築学科(現:建築学部建築学科)に通いながら独学で革のデザインや制作を習得、卒業後に自らのブランドを立ち上げました。
卒業から約20年、建築とは少し離れた道を歩んできたようにみえる長谷川さん。どのような学生生活を経て、自分らしいキャリアを掴んだのか、在学生がお話を伺いました。
インタビュアーを務めるのは、長谷川さんと同じ建築を学ぶ修士2年の卜天舟(ぼく・てんしゅう)さんです。
卜さんは中国からの留学生。プロダクトデザインに関心があり、卒業後は長谷川さんと同じようにデザイン領域で起業したいと考えているそう。

長谷川さんと職人さんが育んできた“信頼関係”

インタビュー当日、卜さんと長谷川さんが待ち合わせたのは、都内にあるACAMALの財布職人の工房。長谷川さんと職人さんの打ち合わせを見学しました。
一軒家を工房として使っています。
こちらの工房は、50年以上の歴史を持つ財布工場です。職人さん自ら革の裁断から縫製、仕上げまでを1人で行っています。工場内に所狭しと並んだ生地や工具に、卜さんも「これは何に使うんだろう?」と興味津々。 この日は、長谷川さんがアートディレクターを務める「ACAMAL」でつくるカスタムメイドの財布について、職人さんと意見を交わしていました。
「ACAMAL」は、藍染や漆など、日本の職人の伝統的な技術を用いて、デザイン性の高い財布やバッグ、木製メガネなどを展開。「いつも使うモノこそ、美しいモノを。」という信念をもって、プロダクトづくりに取り組んでいるそうです。「ここはどの素材にできるか」「どのような手法で仕上げるか」など熱く議論する様子からは、長く愛されるものをつくりたいという長谷川さんと職人さんの想い、二人の間に流れる信頼関係が伝わってきます。
長谷川さんがデザインを手がける「ACAMAL」の財布。
 打ち合わせの後、工場に置かれた足踏み式のミシンを見つめる卜さんに気づき、職人さんが生地を縫う様子をみせてくれました。
「父親の代から60年以上使ってきたんですよ」という言葉に、「長い歴史があるんですね...!」と、卜さんは目を輝かせます。職人さんの慣れた手さばきにじっくりと見入っていました。
「私は、せっかく留学しているので、多くの日本人と会うことを心がけています。今年で来日4年目ですが、日本の職人さんに会ったのは初めてです!」と笑顔で話す卜さん。工房での見学を終えた後は、新宿キャンパスに移動し、長谷川さんの学生時代や今のキャリアについて、お話を伺いました。

何でも手当たり次第やってみる多忙な学生生活

卜さん:長谷川さんは現在、アートディレクターとしてファッションの分野で活躍されています。なぜ、工学院大学で建築を学ぼうと思ったんですか?

長谷川さん: 高校生の頃、安藤忠雄さんの「水の教会」の写真をある雑誌で見て、それに物凄く感動し、「自分も人を感動させられるような物を作りたい!」と強く思ったのがきっかけです。また、法隆寺が大好きな子どもで、いつかは自分も建築に携わるんだろうなって思ってました。大学受験では、実家から近くて、かつ建築を学べる大学を探していて、その一つが工学院大学でした。

卜さん:念願の建築学科に入学して、大学生活はどのように過ごされていたのでしょうか?
 
長谷川さん:夢中になって建築を学びました。授業を受けるだけでなく、コンペに作品を応募したり、学外のゼミに参加したりしていましたね。当時、教授だったトム・ヘネガン先生(イギリス出身の有名建築家)には、大変お世話になり、今でも連絡を取っています。
ほかにも、ニューヨークへの短期留学や建築事務所でのアルバイト、六本木のクラブで歌を歌う仕事もしていました。建築以外にもやりたいことは、なんでも手当たり次第やる学生でした。だから、そんなに模範的な卒業生ではないかもしれないです(笑)
卜さん:とてもアクティブな大学生だったんですね!勉強に、課外活動に、とても忙しそうです。

長谷川さん: 忙しかったけれど、楽しい思い出が沢山あります。今日、20年ぶりに新宿キャンパスを歩いていて、友達と食堂でランチを食べながら笑い合っていた頃を、昨日のことのように思い出していました。
大学で出会った友達とは、今でも定期的に一緒に旅行するくらい仲良しです。建築家や格闘家、起業家など、みんな選んだ道は違うけれど、集まると昔と変わらないノリで盛り上がりますね。

肩書きは「好きなこと」を続けた先についてくる

卜さん:現在お仕事にされている革のデザインや制作は、在学中に学ばれたんですよね。どのような理由で革に興味を持ったのですか?

長谷川さん:アルバイトをしていたクラブで歌うときの衣装用に、革のベルトをつくってみたのがきっかけでした。自分なりに調べながらベルトをつくって、次はバッグに挑戦したくなって。どんどん革のデザインに夢中になっていったんです。
周りに教えてくれる人はいませんでしたから、タウンページで革のバッグを手がける職人さんに片っ端から電話して、彼らの下でゼロから学んでいきました。

卜さん:すごい行動力ですね...!でも、建築以外に夢中になれることを見つけてしまって、卒業後の進路に迷いませんでしたか?

長谷川さん:行動しながら思考する性格なので迷っていた記憶はないです。でも、入学してから、ずっと「世の中に対して何ができるだろう」と、考えていたんですよね。ベルトやバッグをつくったら、自分もすごく楽しいし、喜んでくれる人がいました。誰か一人でも役に立てるなら、続けてみようかなって。
だから「デザイナーになろう」と強く思っていたわけではないんです。ヘネガン先生も、最初はなぜバッグをつくるか不思議がっていました。でも、最終的には「長谷川さんは建築じゃない道もいいかもしれないね」と言ってくれて、背中を押されたのを覚えています。

長谷川さんがオーダーを受ける際に描いたバッグのデザインスケッチ。左上は長谷川さんのお気に入りだそう。
卜さん:卒業してからどのようにお仕事をされたのでしょうか。下積みのような期間はありましたか?

長谷川さん:卒業後しばらくは、ひたすら職人さんの下で作品をつくって、それに対するフィードバックをもらってつくり直す、の繰り返しでした。徐々に展示会に呼ばれるようになって、20代後半に差し掛かった頃、初めてファッション雑誌に取り上げてもらいました。それを機に一気に知ってくれる人が増えていったんです。
そうすると“デザイナー”という肩書きで呼ばれるようになるんですが、どうしてもしっくりこなかった。私にとって肩書きは、好きなことを追求した先で、自然とくっついてくるものなんだと思います。

生活が変わっても、ずっと使い続けられるものを

卜さん:僕も専門は建築なのですが、最近は家具のデザインにも興味があるんです。長谷川さんがデザインや制作に向き合う上で大切にしていることをぜひ教えていただけませんか?

長谷川さん:どうすればその人の役に立てるか。その人が気づいていない「ほしいもの」を提案できるよう心がけています。
例えば、バッグをオーダーしてもらうと、「ポケットが多いほうがいい」って、よく言われるんです。でも、ポケットが多いと、角が増えて、生地が擦れやすくなってしまう。
そうすると、バッグが傷みやすくなるんですよね。だったら、ポケットの数はそこまで増やさず、長く使えたほうがいいんじゃないかなって。

卜さん:僕もなるべく長く使ってもらいたいです。以前、テーブルをデザインしたときも、天板を交換できる仕組みにしました。それなら、生活スタイルが変化しても、買い換える必要がなくなると思って。まだコンセプト段階なので早く形にして、多くの人に使ってもらいたいです。

長谷川さん:それは面白いアイディアですね。完成したらぜひ私のオフィスに営業に来てほしい(笑)「生活スタイルに応じて自由に使える」のは、きっとほかのプロダクトと差別化できるポイントになるから、積極的にアピールしてみたらいいと思います。
卜さんがみせてくれたテーブルのデザイン。

優れた技術を持つ職人とデザイナーをつなぐのが役割

卜さん:長谷川さんは「いかにほかのブランドと差別化するか」など、ビジネス的な戦略を考える“経営者”でもありますよね。デザイナーと経営者、兼任するのは大変ではないですか?

長谷川さん:あんまり考えたことがないかもしれないです。というのも、私は自分が“デザイナー”でも“経営者”でもないと思っているんです(笑)昔はひたすら一人で作品をつくる“デザイナー”寄りだったけれど、今は職人さんの技術とデザインを掛け合わせて新しい作品を生み出し、それを広く届けていきたい。デザイナーや経営者より、“アートディレクター”という役割がしっくりきます。

卜さん:どうしてアートディレクターが自分の役割だと考えるようになったんですか?

長谷川さん:学生時代から職人さんたちと過ごし、彼らの優れた技術が世の中に知られていないことに、課題を感じていました。もっと彼らの素晴らしさを知ってほしい。
そのためには、職人さんの意思を尊重した上で、強みを最大限引き出し、プロダクトに反映させていく。そんな役割が必要だと思いました。私は、頑固な職人さんも「よりよいものをつくりたい」という想いは同じだと知っているし、彼らとのコミュニケーションも慣れています。だったら、私が職人さんを表舞台に導いていきたい。
プロダクトづくりを一人で担う“デザイナー”でもなく、誰かに依頼する“経営者”でもなく、職人さんと伴走して進めていく“アートディレクター”こそ、今の私に与えられた役目なんじゃないかなって。

卜さん:とても素敵です。僕はつい「自分でやったほうが早い」って思ってしまうので、意識していかないと...!

長谷川さん: 私も同じタイプだから、自分でやりたい気持ちはすっごくわかる(笑)でも、より多くの人に届けようと思ったら、誰かと一緒に協力していく必要があるんです。一人の力でやれることって限られているから。
相手を信頼して任せる勇気を持つ。上から命令するんじゃなくて「どうすればいいものができるか」を一緒に試行錯誤する。そのプロセスを共有できる仲間がいる環境って、とっても幸せなことなんじゃないかなって思うんです。

卜さん:僕もそんな仲間と出会って、人に寄り添うプロダクトを生み出せるよう、これから頑張ります!今日は本当にありがとうございました。
 肩書きに囚われず、自分がワクワクできること、そして誰か一人でも喜んでくれることを、ひたむきに追求してきた長谷川さん。
“デザイナー”として有名になった後も、軽やかに自らの役割を変えていく長谷川さんの話を聞き、進路に悩む卜さんの肩の力が少しずつ抜けていくようにみえました。

アフターストーリー

インタビューの数日後、初めて名刺入れをオーダーする卜さんの姿がありました。素材や色を真剣に選んでいます。
長谷川さんはお客様のご要望にあう作品を制作するために各地でオーダー会を開催しています。この日は千葉の老舗百貨店が会場でした。
 長谷川さんから届いた作品を受け取った卜さんに感想を聞きました。
 
卜さん:(箱を開けて)おぉ、見た目も手触りもものすごく良いです、期待していた以上です!
完成品を手に取り、思わずにんまりする卜さん。
悩みに悩んで選んだ素材は黒色の手染めされた牛革。外側はテクスチャーがあり、内側は同じ牛革でもなめらかな素材を選びました。
嬉しげに名刺入れを手にする卜さん。長谷川さんとのインタビューを通して、多くの学びと、勇気をもらったと、振り返ります。

卜さん:長谷川さんの朗らかさ、周りをどんどん巻き込んでいくパワフルさに、圧倒されました。ちょうど建築からものづくりの業界へ進もうと進路変更を考えている時期だったので、同じ学校の建築学科出身で、ものづくりで成功している長谷川さんの存在には、とても勇気をもらいました。

今回お聞きしたことを活かして、これから自分の夢を実現するために頑張っていこうと思います。
さっそく自身でデザインした名刺を入れた卜さん。これからのたくさんの出会いをこの名刺入れでつなげていってくださいね。