「図書館」と「ファブ」の融合がもたらす 「学びのエコシステム」

「図書館」と「ファブ」の融合がもたらす 「学びのエコシステム」

2018 / 09 / 28
2018年4月、工学院大学附属中学校・高等学校の図書館に「Fab(ファブ)スペース」が誕生しました。2年前、偶然持ち込まれた一台のプリンターからはじまった「図書館」と「Fab」の融合は今、生徒たちの間に新たな学びのサイクルを生み出しています。図書館を「情報収集の場」から「情報活用の場」へと変化させた「Fabスペース」とは一体何なのでしょうか。そして、Fabによって子どもたちの学びはどのように変わっていくのでしょうか。図書館へのFabスペース設立を主導した司書教諭・有山裕美子先生、そしてFabに取り組む生徒たちに話をうかがいました。

図書館で「ものづくり」に励む生徒たち

図書館のカウンターを通り抜けると、左手に並んだ背の低い書棚の向こうに大きく開けたスペースが目に飛び込んできます。
 
壁際に視線を向けると、書棚の一角にカラフルな色合いの機器がいくつも並んでいるのが見えます。そこには額を寄せ合って作業に没頭する生徒たちの姿が。モニターの中には、丸い筒の上に乗った猫の姿が映し出されていました。
「これは鉛筆のキャップです。パソコンでデザインしたデータを3Dプリンターで出力してつくるんです」
 
そう教えてくれたのは、ハイブリッド特進理数クラスに通う中学2年生の石原拓海くん(下写真左)と川口透和くん(下写真右)です。ふたりは1年以上前から図書室に通い、外部から招かれた専門家やボランティアの大学生たちに、プログラミングやものづくりを教わっていると言います。
 
「ここに来れば、ほしいモノややってみたいゲームを自分でつくる方法が学べる。それが楽しくて仕方ないんです」

なぜ、図書館に「Fabスペース」?

工学院大学附属中学校・高等学校の図書館に本格的なFabスペースが誕生したのは、2018年4月。まだオープンから半年あまりの、真新しい空間です。
一般的には、Fabスペースは「デジタル工作機械を使ったものづくりスペース」と理解されています。しかし、学校図書館にこのようなスペースが設置されたケースは、全国的にもまだほとんど例がなく、果たす役割も異なるといいます。なぜ、図書館にFabスペースが必要なのでしょうか? Fabスペース設置を提案し、実現を主導した司書教諭の有山裕美子先生に、その経緯と目的をたずねてみました。
有山 裕美子(ありやま・ゆみこ)先生 公立小学校教諭、公立図書館非常勤職員などを経て、本校に勤務。国語科教諭、司書教諭として「デザイン思考」などの授業を担当。
「2016年の秋、この図書館に初めて3Dプリンターが設置されました。中学校の共有スペースに置かれていた3Dプリンターが壊れ、私に「何とかしたい」と生徒達が相談に来て、図書館に持ち込んだことがきっかけでした」
 
工学院大学附属中学校・高等学校では、アクティブラーニングを軸とした教育プログラム「21世紀型教育」を実践しています。3Dプリンターは、その一環として校内に設置されていたものでした。 
 
生徒たちは、何とかしてプリンターを動かそうと奮闘していました。そんな彼らの姿を見て、有山先生は「図書館にこうした機器を置いたら新しい学びにつながるかもしれないと直感した」と言います。
 
とは言え、「ただ機械を置くだけでは意味がない」。そう考えた有山先生は、外部から講師を招き、プログラミング講座やものづくりワークショップなどをはじめます。そのような取り組みが奏功し、次第に生徒たちが3Dプリンターを積極活用する状況が生まれていきました。
しかし、まだ課題は残っていました。そもそも図書館は、必要な情報を集め、学びを総合的にサポートする場です。「Fabをもっと学びのサイクルの中に取り込むにはどうしたらいいのか」。有山先生の模索が始まりました。 

“Fabスペース”がもたらす可能性

有山先生は、国内外のさまざまなFabスペースを訪れ、ときにはFabの導入が進むアメリカの図書館まで足を運んだといいます。
 
そこで目にしたのは、情報を収集する場として機能してきた図書館が、Fabを通じて情報を活用する場へとシームレスにつながっている光景でした。2017年11月に訪れたファブラボ鎌倉では、オープンな場で年代を超えて共創し、アイデアを形にする姿を目の当たりにしました。
 
そこでものづくりをしていた人たちは、与えられた課題ではなく、自ら考えてものづくりに挑戦していました。試行錯誤の中で自然と学び合いが生まれる状況は、「本校が掲げる『THINK, MAKE, SHARE』に通じるものがありました」と有山先生は振り返ります。
 
「学校ならそういう体験を継続した活動につなげやすい環境がある。つまり、学校図書館こそFabを活用する場にふさわしいのではないか。そう確信したんです」
 
学校図書館にFabの機能が加わることで、情報をインプットし、試行錯誤しながら、目で見て触れられる形にアウトプットできるようになる。それはまさに『THINK, MAKE, SHARE』の実践に他なりません。

「このサイクルを繰り返すからこそ、頭の中の理解だけでなく、学びが深いレベルで身体化していくと考えています」。
 
そんな有山先生の言葉を裏付けるように、図書館でものづくりに取り組む生徒の一人、ハイブリッドインターナショナルコースに通う中学3年生のファウツ海さん(下写真右から2番目)は、次のように自身の体験を話してくれました。
「僕は1年半前から図書館に通い始め、動画編集やプログラミングを学んでいます。ここで学ぶことは成績には直接関係しないけれど、学業の助けになっている実感はあります。例えば、プログラミングでコードを書いたりすると、頭の中で何となく理解していた数学の理論が、ストンと腑に落ちることがある。実際に手を動かすことで、知識が定着するような感覚ですね」

総合的な学びをサポートする図書館空間を実現

2016年の秋に初めて3Dプリンターがやってきた日からおよそ1年半。ついに、図書館のFabスペースが完成します。Fabスペースの空間設計は、有山先生と利用者の生徒たちが意見を出し合いながら進められました。
 
「学校の図書館内に設置するFabスペースですから、単にものづくりを行う空間ではなく、学びのプロセス全体をサポートする場所として設計する必要がありました。機器の配置や利用者の導線については、ファブラボ鎌倉や、日本国内でいち早く図書館内にFabスペースを設置した大学である、慶應義塾大学SFCメディアセンターを参考にしました」
Fabスペース全体予想図
様々な場所を参考にして作られた、附属中学・高等学校のFabスペース完成予想図
Fabスペースには、小型で扱いやすいコンシューマ向けの3Dプリンター『ダヴィンチJr.』を4台設置。また、館内で利用できるコンピュータ(MAC)5台のほか、貸出用のPC(70台)やiPad(50台)も備えました。スペース内では、校内無線LANの利用も可能です。
また、Fabスペースは、有山先生が担当する授業「デザイン思考」クラスのほか、さまざまなグループワークに利用されています。そのためスペース内には、6人掛けの大きな長方形のテーブルと円形のテーブルがそれぞれ2台ずつ配置されています。そこには「ブレストやアイデア出しに最適な最大人数は6人程度まで」という有山先生の考えが反映されています。
各テーブルにはディスカッションやプレゼンテーションに利用できる大きなモニターが置かれ、ポスターセッションができる可動式ボードも完備されています。
「当校ではICT教育の推進のため、全校生徒にタブレット(iPad)を配布しています。タブレット内のデータは、AirPlay機能を使ってWi-Fi経由でモニターに出力したり、生徒同士で共有することができるので、これまで以上にインタラクティブな学び合いの場として機能していると思います」

電子書籍を読む、つくる

工学院大学附属中学校・高等学校図書館では、Fabスペースの設立以外にも、新しい試みが始まっています。それが2018年度から導入された電子図書館サービス「OverDrive」です。
 
「OverDrive」は、パソコンやタブレットなどのデジタルデバイスから、通常の図書館サービスと同様に、電子書籍を借りることができるサービスです。すでにアメリカでは多くの図書館がこの電子図書館システムを導入していると言われています。 
システム導入の背景には、電子書籍というツールを使って、読書習慣のない生徒に書籍への関心を喚起する狙いがあります。さらに「国内では入手が難しい洋書に簡単にアクセスできることも決め手の一つになった」と有山先生は語ります。

一方、ICTを活用した教育の一環として、電子図書館を授業に活用する取り組みもすでに始まっています。例えば、8月に行われた校外学習(探求教室)では、調べたことを元に数名のグループで電子マガジンを制作。つくったマガジンはプリントアウトされ、各グループごとにプレゼンテーションが行われました。

電子書籍制作を通した情報のインプット/アウトプットの流れは、広義のFabと言うこともできるでしょう。なお、誌面のデータは電子書籍化され、後日電子図書館にラインナップされるそうです。

「電子書籍コンテンツを自らつくることによって、著作権や引用について実践的に学ぶことができます。電子図書館システムの導入は、デジタル社会に必須とされるメディアリテラシーを身につけるよい機会になるのではと考えています」

目標は「Fabによる学び合いコミュニティの構築」

産声を上げたばかりのこのFabスペース。その運営や活用のあり方については「まだ未知数な部分が多い」と有山先生は率直に語ります。

「生徒たちには、とにかく自由に活用してもらいたいですね。もともと「ファブ(Fab)」は、「ものづくり(Fabrication)」と「楽しい(Fabulous)」の二つの意味がかけられている言葉です。だから、ここでは失敗してもいい。楽しみながら、どんどんアイデアを形にしていってほしいんです」

そんなFabスペースでは、中学生たちがそれぞれできることを教えたり、わからないことを聞いたり。少しずつ学び合いのサイクルも生まれています。

「今後は、自発的な取り組みやサークル活動などが生まれやすいよう、コミュニティの醸成にも取り組んでいくつもりです。Fabと学業が互いに良い影響を及ぼしあうような、学びのエコシステムを築いていけたらいいと思っています」

(文/庄司里紗)