たくさんのスイッチをつくる

たくさんのスイッチをつくる

野澤康副学長×蒲池みゆき副学長の対話
2021 / 07 / 01
2021年4月に工学院大学の副学長に就任した野澤康先生と蒲池みゆき先生。
学長の挨拶を式典やイベントで聞く機会はあっても、在学生のみなさんが副学長の話を聞いたり、会ったりする機会は、そう多くはありません。
今回の窓では、そんな陰の立役者である二人に、大学への想いや展望、バックグラウンドなど、さまざまなことを聞きました。

スイッチをつくるのが私たちの役目

学長のリーダーシップのもと、副学長は大学運営のブレーンとして中長期的なビジョンの実現や適切な大学運営に日々取り組んでいます。
野澤副学長は、統括・企画、研究担当。大学運営を円滑に進めるための調整役をこなし、先生たちが研究や教育に専念できるよう、職場環境をよりよくする取り組みにも着手しています。
蒲池副学長は、工学院大学初の女性の副学長です。教学・学生支援を担当し、カリキュラムや時間割、授業形態など、多様な観点から学習環境のアップデートを進めています。
そんな先生たちに、改めて展望を聞きました。

野澤副学長:
4月に学長に就任した伊藤慎一郎先生は、理想の大学を目指してたくさんのユニークなアイデアを出す方。
私たちは副学長として、そうしたアイデアの実現に向けて取り組んだり、さまざまな別の側面から考えてみたりしていきます。時にはブレーキをかけるかも……。
蒲池副学長:
今、力を入れている取り組みのひとつは、来年度からの時間割編成です。
実験や実習を中心とした八王子キャンパスの役割と立地に優れた新宿キャンパスの役割を最適化したり、オンラインが適した講義はオンラインで行ったり。
時間割やカリキュラムを変化させることで、学生にとってより学びやすい環境をつくりたいと思っています。
大学時代は、自分の興味に従ってさまざまなことを探求できる貴重な時期。
ポストコロナに向けて、学生が学びやすく、かつ、工学院大学の学びに最適な場を作ることが私たちの重要な仕事だと考え、教職員が一丸となって全力で取り組んでいます。


蒲池みゆき副学長(教学・学生支援担当)
蒲池みゆき副学長(教学・学生支援担当)

野澤副学長:
学生が大学時代に飛躍するきっかけは、本当に千差万別です。
大学の講義や研究活動はもちろん、学生プロジェクトなどの課外活動やハイブリッド留学がスイッチになって成長する学生も多い。スイッチをたくさん用意することは、私たちの大きな役割だと思います。
研究室などでの先生との出会いがきっかけで、スイッチが入る学生も、もちろんたくさんいます。先生たちが教育や研究室での活動に力を注げるよう、職場環境を整えることも大切です。

野澤康副学長(統括・企画、研究担当)
———先生たちの言葉から、長年、現場で指導してきた教育者としての熱意を感じます。日頃、学生たちと接することが多い中で、工学院大学の学生の特徴をどのようにとらえていますか?

野澤副学長:
真面目でおとなしい学生が多いと思います。そして、飛躍するポテンシャルのある学生も多い。
私が専門とする建築の世界は、高校までの学力とは関係のない創造性や感性でも勝負ができる場所。
大学生になっても社会人になっても、自分の殻を破ることで大きく成長することができます。

大学1・2年生時の成績が振るわなくても、研究室に入ったらすごく発想が豊かで、一目置かれるようになる。そんな学生もいますね。

蒲池副学長:
基本的にすごく真面目で能力がある学生が多いですが、控えめな面も。
でも、大学で学問の面白さに気づいたり、研究室で知的好奇心が刺激されたりすることで、化ける学生もたくさんいます。
とくに最近はポテンシャルのある学生が増えてきたと感じているので、将来がとても楽しみです。

————殻を破って飛躍するためには、学生はどんなことを意識すればよいのでしょうか?

蒲池副学長:
素直であること、でしょうか。やっぱり斜に構えたものの見方をしていると、吸収できないことがあります
自分が成長するためにも、素直に学んでいく姿勢は大事なことだと思います。

野澤副学長:
私は逆に「なんでも疑え」と学生たちに伝えることもあります。
インターネットからわかることも、先生の講義も、もしかしたら間違っているかもしれない。
だから、常に疑って自分の頭で考えてみなさい、と。

蒲池副学長:
たしかにそうですね。私、実は以前の講義で「今日の授業で伝えたことのなかに、3つ間違いがあります。どこが違ったのか復習しないと間違えたまま覚えるよ。調べてきてね。」と言ったことあります(笑)
もちろん、最終的には正しい内容を伝えましたが。

野澤副学長:
それは、すごいですね(笑)。
それから、研究室の学生によく伝えているのが、「ひとつの疑問が解決したことで満足しないで、次の新たな疑問を持つ」ということ。
小さな子どもが母親に「なぜ?なぜ?」と聞くように、良いことも悪いことも含めていろんなことを学んでいく姿勢は、社会人になっても大切なことですから。

好奇心が導いた、研究者への道

研究者としても第一線で活躍する二人。建築学部に所属し、都市計画やまちづくりを専門とする野澤先生と、情報学部で顔認知などの認知情報学を専門とする蒲池先生。
それぞれどんなきっかけで現在の道に進んだのでしょうか?

野澤副学長:
実はこの分野の研究者になろうなんて、全く思っていなかったんです。
私は北海道の出身ですが、地方出身ということもあって、高校時代には東京の大学でどんなことを学べるのか全然わかりませんでした。
幸い、私が進学した大学は、大学3年生になる時に専門の学科を決める仕組みでした。
大学に入学した時点では、数学が好きだったので最初は数学科も考えていたのですが、大学で数学の授業を受けていると、高校時代のパズルを解くような問題とは全然違って。
「これはわからないなぁ」と困ってしまいました(笑)。
そんな時、サークルの先輩が所属する都市工学科のことを知り、「面白そうだなぁ」と思ったことがこの道に進んだきっかけです。
野澤先生の故郷・函館のレトロモダンな街並み。先生の研究室では、函館などの地方都市を対象に持続可能な都市のあり方を研究している。
蒲池副学長:
私は福岡県の出身で、中学時代までは勉強も音楽も運動もそつなくこなす要領のいいタイプでした(笑)。
でも、高校に入ってからは、いろいろとありまして……、バスケットボールで大怪我をして入院したりで、勉強になかなか手が付けられず……。
受験を前に「今の私が入れる大学ってどこだろう?」と考えた結果、小さいころからずっと弾いたり教えたりしていたピアノを活かして、教育大学の音楽科を受験することを決めました。

野澤副学長:
でも、音楽の道には進まなかったんですよね。
  
蒲池副学長:
そうなんです。
志望していた教育大に合格はしましたが、受験会場の雰囲気などから「私には、合わないな」と感じて。
無理を言って浪人させてもらって、翌年に地元の国立大学の文学部に入学しました。
そこの文学部では入学してから専門を決めるのですが、自分が何に興味を持てるかを改めて考えなおしてみると、やっぱり「人間が一番面白いな」って。
実家が商売をしていたこともあって、小さい頃からいろんな大人に混じって話をするのが好きでした。

教育学部は臨床系心理学、文学部は実験系の心理学ということで分かれていたのですが、文学部の心理は人間がどういう風に考えたり、感じたりするのかを学べることが、とても魅力的でした。
実際に心理学を勉強してみると、とても面白くて。やがて研究室に入り浸るようになりました。
大学に入った時はやりたいことが見えていませんでしたが、昔から決断だけは速いんです。
「これだ!」と思ったらのめり込むような性格なんですよね。
蒲池先生の癒しはペットのゆず太郎(下)と虎衛門(上)
野澤副学長:
人間が一番面白い、というのは私も共感できますね。私が大学で都市工学に対して感じた魅力も、まさにその点にあります。
建築や都市の設計って、多くの人と調整しながらひとつの空間や場所をつくっていく。そのプロセスが楽しいのです。
都市計画には、もちろんセオリーはありますが、街によって歴史的・文化的背景や課題が異なるので、ひとつひとつカスタマイズしていかなければいけない。
つまり、教科書に書いてあることがそのままでは通用しない世界。それも面白さのひとつです。

蒲池副学長:
そういえば、建築系の人って個性的な人が多いですよね。
私の知り合いの土木の研究者は、マンホールや道路標識が大好きで、標識マークのグッズを集めていらっしゃいます。逆三角形の形から国道の標識が「おにぎり」って言われていることとか、教えられて目からウロコ。感動しました。

野澤副学長:
都市計画の人たちと一緒に街を歩くと、ちょっと変わった街の見方をしますね。
たとえば道路と歩道の間にひとつブロックが埋まっているのを見つけると「こっち側が公共の道路用地、こっちは私有地だね」、「いやいや、ここからが私有地だよ」なんて議論をしていたり(笑)。

2003年7月に商都ブルージュ(ベルギー)を訪れた時に撮影。石畳の種類が変わって、排水溝があるところが境界線。美しい街並みが広がる中、つい道路を撮ってしまうのが都市計画研究者の性。

理系・文系の境界を越えて。

————都市が持つ歴史や文化を踏まえてまちづくりを行う都市工学と、心理学的なアプローチで人間の情報処理を研究する認知情報学。
いずれも文理の枠ではくくれないような分野ですが、そのような領域で研究する面白さについて教えて下さい。

蒲池副学長:
理系と文系の境がないような分野を、「融合領域」とか「複合領域」と呼ぶのですが、私がやっている研究はまさにそのあたりですね。
科学的に実験して調べることも、工学的につくることも、文化的な背景を知ることも全部必要。
文系と理系の垣根に捉われないことで初めてわかることって、実はたくさんある。
そういう未知の領域に触れられるのが、面白さだと思いますね。
近年はVRやARなども使用し、人の認識システムを研究対象としている。コロナ禍でのヘッドマウントディスプレイを着けての実験は、目にも口にもマスクつきなので誰だかわからなくなる。
野澤副学長:
そうですね。たとえば私は国分寺市のまちづくりで、考古学などの先生と一緒に武蔵国分寺跡の整備計画をつくる委員会に入っています。
また、東日本大震災からずっと関わり続けている岩手県の野田村では、古い写真に写っている風景と現在の風景を比較するワークショップなども行っています。
いずれも「理系」、「文系」で判断するのは難しい活動ですが、すごく面白い。
工学って、範囲が広くて奥が深いんです。ですからこれからも、従来の枠組みで判断せず、工学の範囲をどんどん拡大していった方がいいと思います。

工学院大学を心躍る学び場に

大学運営も研究も、前例にとらわれず、パワフルに進めていく二人。
伊藤慎一郎学長が、前回のインタビューで語った夢は、「工学院大学を学生にとって、心が踊るような学びの場にすること」。
成長のスイッチをたくさんつくり、すべての学生にとって大学がそのような場所になるように、野澤先生と蒲池先生は力を注いでいます。