燕三条のものづくり心うごかすライフスタイル家電を追求

株式会社ツインバード

代表取締役社長

野水 重明

1989年 工学部化学工学科卒業

#KUTE VOICE

  • #活躍する卒業生
  • #化学系

新潟県燕三条地域の小さな町工場として1951年に創業し、現在では匠のハンドドリップを再現した全自動コーヒーメーカーや中身が見える冷蔵庫など、オンリーワンの製品を開発する家電メーカーとして存在感を示す「ツインバード」。

同社の野水重明 代表取締役社長は、工学院大学工学部化学工学科の卒業生だ。経営者としての哲学やものづくりにかける想い、学生時代の思い出を伺った。

匠プレミアム 全自動コーヒーメーカー(CM-D457B/CM-D465B)

ものづくりの町、
燕三条のDNA

新潟県のほぼ中央に位置し、燕市と三条市で構成される燕三条エリア。江戸時代の和釘づくりを源流に、古くから洋食器や包丁などの金属加工産業を中心とする “ものづくりの町”として発展してきたこの地に「ツインバード」の本社はある。

株式会社ツインバード本社(新潟県燕市)

「ツインバードの前身となる野水電化皮膜工業所は、1951年に私の祖父が金属メッキ加工の小さな町工場としてスタートした会社です。1961年には不安定な下請け企業からの脱却を目指し、自社製品の開発に踏み切りました。当初はフライパンやトレーの製造を行う金属ハウスウェアメーカーでしたが、ある時、冠婚葬祭用のギフト用品を扱う取引先から『家電製品を作ってほしい』と相談があり、試行錯誤の末に卓上照明を開発。このことをきっかけに家電メーカーとしての歩みを始めました。その後、時代とともにさまざまな製品を手掛けながら事業規模を拡大。現在は、こだわりのものづくりでお客様の日々の生活に寄り添い、本質的に豊かな暮らしを創造するライフスタイル家電の開発に力を入れています」

1970年代 金属メッキ加工を主力としていた時代の製品

現在はライフスタイル家電の開発に注力

穏やかな声でそう話すのは、3代目の代表としてツインバードを率いる野水重明 社長。

工学院大学卒業後、大手都市銀行勤務を経て、長岡技術科学大学大学院で工学博士号を取得。ツインバード入社後は、海外勤務や営業、経営企画職などを歴任し、2011年に事業承継した。

小さな町工場から出発し、今や年商100億円を超える家電メーカーへと成長したツインバード。その躍進を支える大きな要因が、“ものづくりの町”として世界的に知られる燕三条の高い技術力だ。

「燕三条には、2,000社を超える金属加工や樹脂加工などの町工場が集積していて、『燕三条でつくれないものはない』と豪語する人もいるほどです。ツインバードは社員300人ほどの家電メーカーですが、燕三条の高い技術力を総動員することで、差別化された高品質の製品をスピーディーに生み出すことができています。“ものづくりの町”に根ざした協力企業の技術を結集し、世界に向けて発信してゆく。それが、この地に拠点を置く私たちの強みであり、使命だと考えています」

スターリング冷凍機を搭載した新型コロナウイルス用ワクチン運搬庫

宇宙へ羽ばたく、
スターリング式冷凍機

燕三条の高い技術力を結集し、世界で認められる製品をつくる———。ツインバードのものづくりを象徴する製品のひとつが、スターリング式冷凍機だ。同社は、FPSC(Free Piston Stirling Cooler)という最先端の冷凍エンジンを独自開発。この冷凍機を搭載した新型コロナウイルス用ワクチン運搬庫は、コンプレッサーを使った据え置き型の冷凍庫に比べて、軽量・コンパクトで可搬性に優れ、マイナス40℃の超低温まで1℃単位の精密な温度制御ができることが特長だ。

「FPSCでは、圧縮時に温度が上がり、膨張時に温度が下がるという気体の性質を利用し、天然のヘリウムガスをピストンで圧縮・膨張させて冷却しています。スターリング式冷凍機の理論自体は、200年ほど前からあるもので、工学院大学の学生なら知っている人もいるかもしれません。ただ、この技術を用いた冷凍庫の製品化には、数十ミクロン単位の極めて精密な金属加工技術が必要です。ツインバードは20年以上前から投資を行い、製品開発を行ってきました」

大量生産・大量消費の時代は終わり、これからは独自性や先端技術が求められる時代になる。そんな思いで始まったスターリング式冷凍機の開発だが、課題は数多くあった。150もの精密部品からなる製品を実現するためには、高い技術力をもつ20社以上の町工場との協力体制の構築が急務だった。専用の設備や工場への大規模な投資も必要で、採算がとれない状況が続いたという。

プロジェクトに明るい兆しが訪れたのは、野水社長が事業承継した2011年のこと。この年、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」で使用する冷凍庫の開発依頼がツインバードに舞い込んだのだ。

国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」
(C)宇宙航空研究開発機構(JAXA)

「『我々の技術が宇宙でも通用するのか試してみたい!社長、やらせてください』と、技術者のみんなやプロジェクトメンバーは言ってくれましたね。でも、経営判断としては難しい側面もありました。宇宙で求められる品質や機能を実装するためには、最低でも2年ほどの追加開発期間が見込まれ、さらなる設備投資も必要になります。一方で『きぼう』で必要とされる冷凍庫の数はわずか2台。これでは到底採算が合いません。取締役会でも喧々諤々の議論が行われましたが、ツインバードと燕三条の技術力を世界に発信する機会と捉え、GOサインを出しました。我々が開発に携わった冷凍庫が、宇宙空間で稼働を始めた時のプロジェクトメンバーたちのうれしそうな表情は忘れられません。」

その後、ツインバードのスターリング式冷凍機への注目は少しずつ高まり、アメリカから定期的な生産依頼も入るように。2013年にはスターリング式冷凍機事業は単年度黒字に転換したという。

燕三条の力を結集
新型コロナワクチンを
運ぶ冷凍庫

新型コロナウイルスが猛威をふるい始めた2020年、ツインバードのスターリング式冷凍事業にさらなる転換点が訪れる。同年8月、厚生労働省からスターリング式冷凍機を搭載した「ディープフリーザー」をワクチン運搬庫として調達したいという打診があったのだ。

「16.5kgと軽量なうえに、マイナス40℃までの温度制御が得意なディープフリーザーは、ワクチン運搬に貢献できる製品だという確信はありました。ただ、国からの調達を引き受けることは、とてつもなくリスクが高い決断でした。求められたのは4ヶ月で1万台ものディープフリーザーの供給。生産設備の強化や地元の協力工場への部品調達などを考えると10億円以上の先行投資が必要でした。パンデミックをめぐる状況は刻々と変化していて、誰にも先が読めません。そんななかでの大量受注にコミットする。それは、経営者として本当に痺れるような判断でした」

製造のようす

平時の約10倍もの生産体制を整えるために、設備の強化や人員の確保は急ピッチで進められた。約30社に及ぶ地元の協力工場とコミュニケーションを重ね、燕三条の企業の力を借りることで、無事に完納することができた。その過程には、工場内の感染防止対策から技術的な課題までさまざまな困難があったが、「国難のためにみんなでやり遂げよう!」と現場の士気は高かったという。

「100年に1度ともいわれるパンデミックに見舞われる中、自分たちのものづくりで社会に貢献できる。そのやりがいは本当に大きかった。ただ、受注、生産、納品、そして現場からのフィードバックまで、いつ何が起こるかわからないので、経営者としては最後まで緊張の連続でした。」

開発開始から約20年。燕三条の技術力を信じて投資を続けてきたスターリング式冷凍機は、新型コロナワクチンを安定的に届けるための切り札となった。

モノからコトへ。
心を動かす
リブランディング

2021年、創業から70周年の節目を迎えたツインバードは、「本質的に価値ある家電を追求する」という想いを明確に打ち出すためコーポレートロゴの変更を含むリブランディングを行った。「心にささるものだけを。」をブランドプロミスとして掲げ、600を超えていた製品ラインナップを300ほどに集約した。今後は、匠の技をおうちで好きなだけ味わえる「匠プレミアム」と本質的に豊かな暮らしをご提供する「感動シンプル」の2つのラインで製品開発を行ってゆくという。野水社長が大胆な変革に踏み切った理由とはなにか。

現代的で普遍的なブランドへと進化

「時代の変化をとらえて柔軟に事業転換をしてきたことも、ツインバードの成長を支える大きな理由です。物質的な豊かさばかりが求められたかつての時代とは異なり、現代ではモノからコトやトキへと人々の関心がシフトしています。燕三条ならではの高い品質の製品をつくることはもちろん、家電を使うことで得られる体験価値や情緒価値、ブランドバリューなどの無形の価値に投資していくことが、300人規模の家電メーカーが今後も成長を続けるためには必要だと考えています。私も含めてツインバードの開発メンバーには工学部出身者が多く、機能性や技術を突き詰めることは得意です。そこに、クリエイティブやアートの感性を加えることで、わたしたちにしかつくれない製品を生み出してゆく。そんな決意を込めてリブランディングを行いました」

“匠の技をおうちで好きなだけ味わえる”がコンセプトの「匠プレミアム」。このブランドラインを代表する製品のひとつが、全自動コーヒーメーカーだ。スペシャリティコーヒー界のレジェンドである「カフェ・バッハ」店主の田口護氏との共創で生まれたこの製品は、コーヒー豆を均一に挽くための独自開発の低速臼式フラットミルやハンドドリップを再現する緻密なシャワードリップ機能などの特許技術を組み込んだこだわりのアイテム。開発の中心となった一人は工学院大学出身のエンジニア・吉田勝彦氏だ。

工学院大学出身のエンジニア・吉田勝彦氏
全自動コーヒーメーカーをはじめ、数々の製品開発に関わってきた

「『世界一おいしいコーヒーメーカーをつくろう』というコンセプトのもと、製品開発をスタートしました。世界一おいしいとはどういうことかを考えているときに、田口氏の著書『珈琲大全』に出合いました。豆の挽き方、湯温、ドリップの仕方など、同書に書かれている作法の一つひとつを、試行錯誤しながら技術的に再現し、コーヒーメーカーに実装していく。それは、とてもやりがいのある仕事でした。実際に田口氏にコーヒーを飲んでいただき、『おいしい』と言われたときはうれしかったです」と吉田氏は振り返る。

大学時代に学んだこと、
いま学生に伝えたいこと

3代目社長としてツインバードを牽引し、数々の取り組みを行ってきた野水社長。今でも工学院大学時代の指導教授や研究室の仲間と連絡を取り合っているという。

「大学時代は、研究室において自身の研究を進めていくための基本的な姿勢を教えていただいたと感じています。参考文献や論文を読み込み、現状認識をして、そのなかで新たな課題を見つける。そして、課題解決するために数値計算や実証実験を行う。社会に出て実感するのは、このようなロジカルなプロセスはものづくりや経営においても、大変重要だということです。為替の変動や少子高齢化など、外部環境が目まぐるしく変化しています。そのなかで、正確に現状を認識し、課題を解決してゆくことができれば、世の中の変化は大きなビジネスチャンスになると思います。また、私の場合は、大学卒業後、社会人として大学院で学ぶチャンスがありました。一度社会に出てから学問と向き合うと、“なんのために学ぶのか”ということがより明確になる。このような学びがより普及すれば、日本のものづくりはさらに一歩成長できると思います」

最後に、学生へのメッセージについて尋ねると、野水社長は穏やかな笑みを浮かべながら、こう話してくれた。

「まず、学生時代というのは、一分一秒がかけがえのないもの。今、目の前にある研究や友人との時間などを、大切に過ごしてほしいと思います。そのうえで、これからの未来を生きる学生のみなさんには、自分で情報を見つけて、自分で考え、周りの人を巻き込みながら、目標に向かって進んでゆく力を身につけてほしいと思います。わたしたちが学生の頃は高度成長期ということもあって、すでにある課題や研究テーマを深く掘り下げるだけである程度の成果は得られました。けれど今は、不確実性の高い時代です。パンデミックや戦争などは、誰も想像していませんでした。デジタル革命といった環境の変化のなかで、主体的に行動し、自分にしかできない発想でモノやコトを生み出していく視点を持てるといいですね。」

株式会社ツインバード
https://www.twinbird.jp/