国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
情報技術の進歩とIT革命によって社会に大きな変革がもたらされ、近年では、先行きが不透明で将来予測が困難な「VUCA時代」に突入したと言われて久しい。2022年に生成系AIの圧倒的な進化が明らかとなった結果、社会変化はさらに加速しつつある。そのような時代だからこそ、工学の学びを通じて得られる「未知かつ不可視の物事に対して想像力を働かせ、構造や原理を把握する力」「物事を筋道立てて考える力」は大いに役立ってくるのではないだろうか。
今回、工学院大学から国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)に就職し、日本の未来を支える研究プロジェクトを多数マネジメントする遠藤勇徳氏と、電気電子工学科 鷹野一朗教授の対談を行った。これからの社会で理工系人材に求められるもの、大学での学びが活きる場面などについて、研究の最前線で活躍する2人にじっくりと語り合っていただいた。
——遠藤さんは学生時代、鷹野先生の授業を受けていたそうですね。
遠藤:そうなんです。八王子キャンパスで、鷹野先生の必修科目「電気回路理論」と「電気回路演習」を受講していました。これらの授業は当時、電気工学科生の中では単位取得の関門として有名でした。高校物理で習う電気の分野から大きく発展し、電気回路について本格的に学ぶ専門性の高い授業だったことをよく覚えています。
鷹野:電気の流れについて基本的な感覚を知ってもらいたく授業を展開していましたが、遠藤さんはそういう感覚を身につけることができましたか?
遠藤:身につけられたと思っていますが、現在の私の仕事で回路を組んだり計算したりということはあまりありません。ですが、社会の基盤は電気です。なぜそれが動くのか、その原理を感覚的にわかっていることは、仕事の中でプラスに働くことが多いと感じています。
——遠藤さんは現在、どのようなお仕事をされているのですか。
遠藤:私は2008年3月に工学院大学大学院 電気・電子工学専攻を修了し、新卒でNEDOに入構しました。NEDOは経済産業省が所轄する独立行政法人のひとつです。政府が定めた方針や政策に基づき、日本が抱える課題の解決や、理想とする社会像の実現、国際的な競争力の向上を目指して、さまざまな先端技術の研究をナショナルプロジェクトとして推進する、政策の実行部隊です。
NEDOの中で私が担うのはプロジェクトマネジメントです。予算確保からプロジェクトを共に進める企業・大学・研究機関のアサイン、研究を進めようとしている領域の最新動向のリサーチ、スケジュールの調整、研究成果のPRなど、研究がスムーズに進み、その成果が社会実装されるよう多岐にわたる仕事をこなしています。
鷹野:入構して以来、ずっとその仕事を?
遠藤:いえ、NEDOにはジョブローテーションがあるため、部署や担当業務は何度か変わっています。広報部で報道関連の業務を担当するなど、様々な仕事を経験してきました。
2016年からは、経済産業省 商務情報政策局 情報産業課に約3年間出向し、政策立案や国会対応などを担ったこともあります。このとき立ち上げた、次世代社会に必要となる情報処理、次世代コンピュータの開発を推進する政策が、現在私が担当するナショナルプロジェクトの大元となっています。
具体的には、スーパーコンピュータを遙かに凌駕すると言われる量子コンピューティングや、動物の脳を模した技術をベースに圧倒的な低消費電力で高度情報処理を実現する脳型コンピューティング、次世代の情報インフラを支える基盤技術となる光分散コンピューティングなどが該当します。なかでも量子コンピュータは主要国間で国家レベルの開発競争が巻き起こっている技術です。私の担当するプロジェクトでも独自設計した実機の完成や、制御技術の確立など、成果の目処が立ってきたところです。コンピュータの歴史に残る成果を世に送り出したいですね。
遠藤:これまでの世の中にはない、全く新しい技術を生み出すプロジェクトの推進に携わっていて思うのは、大学で身につけた基本的な学習姿勢や工学的視点が自分の大きな財産になっているということです。授業や課題に取り組む中で、未知の物事と対峙した際の考え方や学び方、調べ方、理解した内容の分かりやすいアウトプットの仕方などを、自然と身につけることができました。そのような力が身についていれば、自分で答えを探すしかない状況に置かれたとしても、解決に向けたアプローチを自ら実践することができます。それは様々な仕事をする上で、大きなアドバンテージになるように思います。
また、物事を論理的に考え、工学的視点で技術サイドから把握しようとすることは、仕事の中で無理のない工数設計を行ったり、現実的なディスカッションを行ったりする際に役立っています。限られた予算と時間で行うプロジェクトのマネジメントにおいては、見通しを立てる力が大切です。そうした力を身につけることができた大学と大学院の6年間は、本当に貴重な時間でした。
鷹野:今はインターネットの時代なので、どんなことも、いくらでも調べることができます。だからこそ、学生には分からないことを自ら調べ、その内容を理解して納得できる「考え方」を身につけてほしいと思っています。それを社会の中で活かしているのが、今の遠藤さんだと言えますね。
遠藤:ありがとうございます。そういえば、授業だけでなく、在学中の研究活動でも今の仕事に通じる大切な学びを得ることができました。私は「太陽光発電の有効活用」をテーマに、電気二重層キャパシタや光触媒など、他の分野の新技術と組み合わせた研究を行ったのですが、研究を通じて1つの専門分野を「100」突き詰めるのではなく、「10×10=100」の考え方で自分の専門分野に他の分野を組み合わせることで、その価値を最大化できると気がつきました。現代社会において、特に技術職はどんどん専門性が高くなり、特定分野の専門性だけで勝負をしても、上には上がいる、所謂レッドオーシャンと言える状況です。であれば、専門性の掛け合わせで新しい価値や能力を発揮すれば良いと思い至ったのです。
鷹野:ナショナルプロジェクトで複数の研究者をアサインしたり、異なる視点からアドバイスをする、遠藤さんの現在の仕事に活きている気づきですね。
遠藤:そうなんです。私が日々の業務で関わりのある研究者の皆様は、本当に高い専門性を持たれていますが、研究成果をまとめるまでは知見があっても、例えばその成果をベースにさらに大きなプロジェクトに繋げるにはどうしたら良いか、メディアに取り上げて貰うにはどうすれば良いかなど、研究以外の領域をフォロー出来ていないこともあります。そこで私が専門性の掛け合わせとなる知識を持ってアドバイスをすることで、彼らの持つ知識や研究成果が何倍にも、何十倍にも輝いて世の中に広がっていきます。研究への関わり方は、同じ分野で競い合うだけではないということです。
学生のみなさんの中には、何か1つの分野を極めようという志を持たれている方もいらっしゃると思います。それは自分の軸になるため是非実現を目指していただきたいですが、一方で現代社会は加速的に変化しており、常に新しいトレンドが生まれています。様々なことを広く学ぶ意識も大切にしていただけたら、その経験を社会の中で活かせる場面は必ずあると断言できます。
——激動する社会の中で、これからの理工系人材に必要なものは何だと思いますか。
遠藤:将来的にどの分野で仕事をするにしても、工学的視点は重要なものの見方・捉え方になってくると思います。例えば、昨今では一般社会に浸透したAIが、学習のために膨大なデータを必要とするなど、既存の情報インフラを支えるために大規模なサーバやコンピュータが必要となり、結果として情報処理に膨大な電力が必要となっています。供給可能な電力量に限りのある日本においては電力不足となる未来が予想できますが、当たり前にあるものは意外と盲点になりやすい。原理や構造に思考を至らせながら、物事をどう実現するかを考える力、工学的視点を持った理工系人材は活躍の場が広がるように思います。
鷹野:最近の学生たちの就職活動を見ていると、論理的思考力を身につけてきた理工系人材は、多くの企業で求められているように感じます。営業職で理工系人材を欲している企業も多いそうです。今、どのような企業においても、物事を筋道立てて考え、自ら結論を導いていける力が求められているのだと思います。
遠藤:たしかに、論理的思考力を持っているということは、間違いなく武器になると思います。これからの時代はAIを使う場面も増えると思いますが、AIはインターネット上にある膨大な情報を学習した上で、私たちに何らかのアウトプットを提供してくれるものです。ただ、インターネット上の情報には誤りや、特定の視点に偏っているものもあります。非常に便利な技術ですが、AIのアウトプットとして出てきた情報の正誤は自分で判断しなければなりません。その判断で重要となるのが論理的思考力であり、論理的に明らかにおかしいものを見分けることです。今後は情報の真偽を自ら見極める力が一層必要になってくるはずですから、大学で理工系の学問を学ぶ意義も大きいと思います。
——遠藤さんは仕事の中で多数の研究者とお会いしているかと思います。活躍されている研究者が持つ特徴の共通項は、何かあるのでしょうか。
遠藤:活躍されている研究者は、情報収集力と情報発信力が高いと感じています。現代社会はさまざまな技術やトレンドが次々と誕生し、日々新しい情報が更新されていきます。そうした情報を収集し、研究計画を柔軟にアップデートしていく力が必要だと考えます。また、同時に個人で行うことが出来る情報発信の範囲は広く、そして強力なものになりました。どんなに優れた成果を持つ方でも、知ってもらわないことには評価されることはありません。良いものは評価されるはずという待ちの姿勢ではなく、自分の研究成果や考え方を世の中に向けて発信し、正しく知ってもらう努力も大切だと思います。
——これからの時代に理工系の学問を学ぶ醍醐味は、どのような部分にあると思いますか。
遠藤:物事の原理や構造を理解する力を身につけることが、新たなチャンスを掴むきっかけになる。それがこれからの時代に理工系の学問を学ぶ醍醐味となるのではないでしょうか。現在の社会は、私が学生だった約20年前とは異なり、科学のピントが合う領域が広くなっているように感じています。技術の進歩によって昔は奇跡や神秘として語られていた現象の多くが、今では科学的に説明できるようになっています。また、情報機器やAIの進化によってこれからの社会はさらに多くの情報が飛び交い、加速的に技術や知識がアップデートされていきます。だからこそ、なぜそうなるのかを理解出来ることが、研究であってもビジネスであっても武器になると感じます。
鷹野:本当にその通りだと思いますね。例えばカーナビが登場したことで非常に便利な世の中になりましたが、私たち理工学系の教員としては、学生のみなさんにはただカーナビを使うだけでなく、そのような便利な技術の裏側に興味を持てる人材になってほしいと思っています。そしてできれば、新しい技術や製品を生み出す側になってもらいたいのです。
遠藤:論理的理解が次のチャンスに繋がるということですね。その意味では、次世代の理工系人材を育成する上で、好奇心を養う環境づくりは大切だと思います。日進月歩で技術が進化する現代においては新しい物事への挑戦は好奇心あればこそです。在学生のみなさんは大学の設備をフル活用していろいろな経験を積んでほしいですし、大学側としてもそのような学生を歓迎する環境を一層拡充し、学生の好奇心を育ててあげてほしい。その経験で得られた知見が、先に述べたような「10×10=100」の考え方にも繋がると思います。
鷹野:そうですね。新しい物事に飛びつける好奇心は、とても重要なことだと私も思います。例えば、昨今話題のChatGPTも、教育の中で使用する是非について議論が続いていますが、実際に使ってみることで得られる知見がその後の社会生活の中で役立つかもしれません。新しい物事に直面したとき、尻込みするのではなくてまずはやってみて学びを得る。そのような力を育てることは、変化の激しい時代だからこそ大切です。私も最近は、疑問や興味があれば、すぐに調べて自分のものにしなさいと学生に伝えるようにしています。それは先ほど遠藤さんが話していた「情報収集力」にも通ずるものがあるかもしれませんね。
——最後に、遠藤さんより読者へのメッセージをお願いいたします。
遠藤:学生時代は勉強を頑張って良い成績を収めることも大切なので、受験勉強の経験からどうしても「点数」や「成績」に目が行きがちです。ですが、大学生以降に重要なのは「何を身につけられたか」、点数に表れない成果にもあると思います。例えば、どの学部にもある必須科目の英語。いくら英語で高い成績を収めたとしても、実用的に社会の中で使えるかは別問題です。ただ漫然と大学の講義や研究、さまざまな活動に取り組むのではなく、「何を身につけたか」という点にこだわってみてください。
今回の対談の冒頭では、将来の社会変化の大きさから、予測困難となるVUCA時代の到来が挙げられ、変化の大きな時代にあって大切な能力や考え方を対談の中でお伝えしました。最後にもう一つ付け加えるなら、学生時代には、是非自分の屋台骨、軸となる「これが得意だ」と自信を持って言える強みを作ることを目指してほしいと思います。自分なりの強みを作るには、時間を使って挑戦をすることも大切です。アルバイトや学外での活動などに注力するのも良いですが、せっかく充実した設備が揃っているのですから、ぜひ工学院大学の環境をフル活用してほしいなと思います。
月並みですが、長いようで短い数年間の大学生活で、身に着けられるだけの強みを身に着けて、社会に羽ばたいてください。工学院大学には、それだけの学びの基盤があるのですから。