つなぐ技術で社会を支える技術畑を歩み続け経営者へ

ケル株式会社

代表取締役社長

春日 明

1995年 工学部電気工学科卒業

#KUTE VOICE

  • #活躍する卒業生
  • #電気系

1962年創業の産業用コネクタ専門メーカー、ケル株式会社。「世界に貢献できるコネクタメーカーになる」を経営ビジョンに掲げ、工業機器や車載機器、医療機器など、幅広い領域に製品を供給している。

同社の代表取締役社長として活躍するのが、1995年に工学院大学工学部電気工学科を卒業した春日明氏だ。

つなぐ技術で
社会を支える

カーナビやデジタルカメラから、半導体製造装置や医療機器、さらには鉄道や発電施設まで、私たちの暮らしに欠かせない電子機器やインフラ設備にケル株式会社の技術力が活かされている。とはいえ、その社名を直接目にする機会は多くない。同社が手がけるのは、さまざまな製品を見えない部分で支える「コネクタ」だ。

ケル株式会社のコネクタが使用されている
カメラ、カーナビなどの製品

「多くのエレクトロニクス機器の内部には、無数のプリント基板やケーブルが使用されています。その基板と基板、もしくは基板とケーブルをつなぐ役割を果たすのが『コネクタ』です。ひと言でコネクタといっても、その大きさや形状、接続方法、伝送速度、流す信号の数などはさまざま。使用する製品や用途によって無限大のバリエーションがある奥深い分野です。」

真っ直ぐに前を見つめ、穏やかな声でそう話すのは、2022年6月にケルの代表に就任した春日明社長。入社以来一貫して技術畑を歩み続けてきた春日社長は、同社のコネクタが使用された製品を一つひとつ手に取りながら、その特徴を教えてくれた。話を聞いていると、実に幅広いシーンで同社のコネクタが使用されていることに驚かされる。

製品を手に取り説明する春日社長。空撮ドローンの
カメラ接続部にも同社のコネクタが使用されている

「学生の皆様からの知名度は高くありませんが、誰もが名前を知るような大手メーカーとお取引をさせていただいています。そのことに社員一同、やりがいと自信を持って日々の業務にあたっています。高品質で最先端のコネクタを通じて、社会を支えていく。それが私たちの使命です。」

春日社長の力強い言葉には、同社のものづくりへの情熱と矜持が滲んでいるかのようだった。社員数320人、50名ほどの技術者を擁するケルは、約500件の特許出願数を誇る産業用コネクタのリーディングカンパニー。国内での安定した生産・供給体制を築き、今後は新製品開発のための設備投資を増加する計画だ。さらに自動車関連メーカーを中心に海外ビジネスの拡大・強化にも取り組んでいる。

今でも大切に保管している卒業論文

海外経験が
飛躍のきっかけ

幼い頃からプラモデル作りが好きで、免許を取得してからはバイクやクルマいじりに夢中になった春日社長。ものづくりの道を本格的に志すようになった大学時代には、電気工学科に在籍し、卒業論文では『複合材料のフリッティングに関する研究』をテーマに執筆。電子情報通信学会での発表も経験した。そんな春日社長がケルへの入社を決めた理由とは?

「メーカーで開発に携わりたいという思いが強かったです。卒業論文でスイッチやコネクタの接点技術を追求する研究をしていたこともあって、ケルへの入社を決めました」

1995年にケルに入社した後、技術者として設計業務に従事し、さまざまなコネクタの開発を手掛けてゆく。そんな春日社長にとって、印象深い出来事が2001年〜2003年にかけて携わった台湾での事業立ち上げだ。

「SDカード用コネクタの生産事業が台湾で立ち上がることになり、そのメンバーとして私と後輩の2名に白羽の矢が立ちました。私にとって、はじめての海外プロジェクト。2週間〜1ヶ月ほどの滞在を数十回重ねました。この経験が今の私を作ったといっても過言ではありません。」

同事業では、現地での材料調達から生産拠点の立ち上げ、量産化までを行ったが、阿吽の呼吸でビジネスが進む日本とは異なり、台湾でのプロジェクトは困難の連続だった。技術的な課題の克服はもちろん、確実に意思疎通を行うための図面の書き方や、英語でのコミュニケーション、交渉の仕方を学んだ。ビジネスのスピード感も日本とは違い、目まぐるしく過ぎる日々だった。

「困難に直面したときはあまり考え込まず、『ピンチはチャンス』という思いで対応してきました。この経験から感じるのは、やはり1人ではものづくりはできないということ。自分だけで抱え込まず、周りを巻き込み、課題を共有しながら前に進めてゆくことが大切です。エンジニアとしての能力はもちろん、コミュニケーション力を磨いていくことも必要でした。」

可動することで接点部分のストレスを軽減するフローティングコネクタ

0.5mmピッチの
フローティングコネクタ

台湾での経験を経て、その後は中国での製品立ち上げなども手掛けた春日社長は、2005年に会社にとっても大きな転機となるプロジェクトを率いることになる。それが、当時はどの会社も量産できなかった「0.5mmピッチのフローティングコネクタ」の開発だ。フローティングコネクタとは、文字通り浮かぶ(Floating)ような構造のコネクタのこと。接点周辺が可動することで縦横方向の誤差を吸収できるため、激しい振動が想定される車載機器などでも安定して稼働する。

「フローティングコネクタ自体はそれまでも各社が作っていましたが、カーナビなどの車載機器に適した小型の製品はまだ市場にありませんでした。コネクタのピンとピンの間の寸法を“ピッチ”といいますが、従来は狭ピッチの製品でも0.8mm程度。私たちは、1年半ほどの開発期間を経て、ピッチを一気に0.5mmに縮小。量産化に成功したことで、多くのカーナビメーカーに採用されるようになりました。」

ケルを代表するヒット商品となった0.5mmフローティングコネクタだが、その開発にはさまざまな課題があった。現在は、ほぼ全てが山梨や長野の全自動組立・検査ラインによって製造されているが、当時の生産拠点は中国。金型の精度の悪さや手作業組立による品質のばらつきなど、超精密部品ならではのトラブルやアクシデントは山積みだった。一つひとつ解決してゆくことで、ようやく量産化にこぎつけたという。

「運転中にカーナビが止まってしまったら事故につながりかねないので、車載機器メーカーが要求する品質基準は非常に高い。そのため、ことあるごとにメーカーの方に会い、製品の設計思想から耐久性テストの結果に至るまで、背景にある理論的な裏付けを、丁寧に説明することを心がけました。『理論はわからないけれど、動作はする』なんていう製品は、怖くて使えません。コネクタ開発は、物理的特性と電気的特性の融合で成り立っているので、理論ありきです。今もこの基本を大切にして、経営者としてものづくりに真摯に向き合っています。」

生産拠点の一つである山梨事業所

電気工学実験と
エンジニアの未来

妥協のないものづくりが求められた0.5mmピッチフローティングコネクタの開発。このプロジェクトに取り組んでいる最中、春日社長は大学の授業のことを度々思い出していた。

「大学2年時、3年時に必修だった電気工学実験は、本当に大変な授業でした(笑)。レポート提出前は毎回徹夜でしたし、当時はボールペン書きで修正液の使用も不可。いい加減なレポートは容赦なく突き返されました。あの厳しい授業に耐えたことは、いい経験でした。基礎や理論に立ち返り、目の前の事象を俯瞰しながら、比較考察していく……。その姿勢は、今の製品開発にも欠かせないものですから」

約30年経った現在も、
2・3年次の実験授業は電気電子工学科の中核となる授業

懐かしそうな表情で話す春日社長に、これからの学生に期待することを尋ねると、力強い答えが返ってきた。

「少子化が進む中、工学の道を目指す学生はますます貴重な人材になっていきます。これからの世の中は、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に次ぐ、第5の新たな社会『Society5.0』にシフトして行くことになるでしょう。IoTやビッグデータ、人工知能、ロボットなどの先端技術が、あらゆる産業や社会生活に取り入れられ、社会の在り方そのものが劇的に変わるはずです。その技術革新を担い、アイデアをカタチにするのがエンジニア。みなさんには、自信と誇りを持って勉学に励んで欲しいと思います。期待しています」

ケル株式会社
https://www.kel.jp/