インスピレーションを形に 人が集える、 開かれた場所を デザインする建築家

Puddle株式会社

代表/建築家

加藤 匡毅

1995年 工学部 建築都市デザイン学科 卒業

#KUTE VOICE

  • #活躍する卒業生
  • #建築系

空間デザインを通じて人々が集う場所づくりに取り組み、15を超える国や地域で数々のプロジェクトを手がけてきた建築・空間設計事務所「Puddle」。宿泊施設からカフェまで、その土地ならではの価値を見出し、独自の視点で建築設計を行い、「居心地の良い空間」を生み出している。 同社代表の加藤匡毅氏は、工学院大学の卒業生だ。彼はこれまでにどのようなキャリアを歩んできたのだろうか。空間づくりにかける想いやインスピレーションの源泉、そして学生時代の経験も含めて、たっぷりと語ってもらった。

 

カフェのような
自然体のたたずまいが魅力のオフィス

清澄白河駅から徒歩約7分。住宅や公園、寺院が立ち並ぶ閑静な街の中に、その事務所はあった。

今回取材するのは、建築・設計事務所 Puddle代表の加藤匡毅氏。施設の目的とデザイン、周辺環境が調和した、人が思わず立ち寄りたくなる空間デザインを得意とする加藤氏は、これまでにアジア、中東、ヨーロッパ、アメリカなど国内外で数多くのプロジェクトを手がけてきた建築家である。


そんな実績豊かな人物に話を聞く機会とあって、一抹の緊張感を覚えながら事務所の所在地を目指したが、たどり着いて驚いた。Puddleのオフィスは、建築事務所らしい格式ばった雰囲気がほとんどないのだ。1階には植物や雑貨を販売するショーケースがあり、その奥に建築士やデザイナーのオフィススペースがある。たたずまいは、まるで清澄白河でよく見かけるカフェやフラワーショップのようだ。緑豊かで、毎日でも通いたくなるようなあたたかな空気をまとっている。

オフィス エントランス
©Daisuke Shima

オフィスの雰囲気
©︎Daisuke Shima

「本質」を表現する空間デザインを意識

このオフィスは、もともと自動車整備工場をアパレルショップが改装し、倉庫兼ショップとして使っていた物件だったという。それを、加藤氏を含むPuddleのスタッフが自らリノベーションし、現在の建築事務所として活用しているのだ。たしかに見渡してみれば、2階の天井には、工場時代に機材をつるしていたであろう赤い鉄筋の跡がある。建物のこれまでの記憶を引き継ぎつつ、現在の所有者の利用目的を叶えられるような空間を体現したPuddleのオフィスは、さすが加藤氏の事務所だと頷かざるを得ない、そんなつくりになっていた。

加藤氏はなぜこんなにも、建物の持つ記憶とその空間が持つ独自の味わいを引き出した、居心地のよい場所づくりが得意なのだろうか。加藤氏に尋ねてみると、返ってきたのは、世界各国から受けたインスピレーションをもとに、携わる空間の持つ本質を見抜いてデザインへと反映させる、加藤氏ならではの哲学だった。

「これまで世界のさまざまな空間を見てきて、それらが私の仕事に大きな影響を与えていることは間違いないと思います。大学を卒業してからもうじき30年。自身のキャリアでできることは限られています。だから、日々いろいろなものを見て、吸収して、知見を広げるようにしていて。それを1つ1つのプロジェクトでお返しできたらという想いで、仕事に臨んでいます。大切にしているのは、表層的な表現にとどまらないようにすること。携わる空間の何が本質なのかを見極めながら、それを空間デザインに活かしていく。そうした仕事をし続けてきたことで、今のPuddleがあるのかなと」

千葉・一宮で挑戦した新しい自然との対話

そんな加藤氏が最近手がけた代表作の1つが、日本のライフスタイルブランド「SANU」から2023年11月10日にリリースされた、千葉・一宮町にある別荘のような会員制宿泊施設『SANU 2nd Home 一宮1st』である。

SANU 2nd Home 一宮1st
©Tatsuya Kondo

このプロジェクトとの出会いは、起業家でアーティストの山川咲氏がきっかけだった。山川氏の紹介で、加藤氏はSANUのブランドコンセプトづくりに携わるようになった。同ブランドを立ち上げた、ディレクターと共に何度も打ち合わせを重ねる中で、「加藤さんなら、どんなSANUが欲しい?どんな建物がいい?」と尋ねられた。そのとき、加藤氏の手は自然とスケッチに向かっていた。

「それまで半年間、SANUの皆さんと話をしてきたので、彼らの想いや考え方、VISIONが自分の中に落とし込めていたのです。だから、自然とアイデアが湧いてきて、1枚のスケッチをちょっとした提案のつもりでファウンダーの本間貴裕氏に渡しました。でも、それがまさか本当に仕事として自分に返ってくるとは思ってもいなかったです(笑)」

もともとSANUは「Live with nature(自然と共に生きる)」というコンセプトのもと、森の中に点在する山小屋のような施設として構想されていた。しかし、加藤氏がこのとき手がけることになったのは、九十九里のすぐ近く、開発の進んだ土地でのセカンドホームの建築だった。

「開発の進んだ土地で、SANUのコンセプトをどう体現するのか。すごく難しい案件でしたね」と苦笑いした加藤氏。建築設計や空間デザインを考える中でたどり着いたのが、「その場所で感じられる自然を活かす」というアプローチだった。

「人間は生き物です。そんな私たちが作った人工物も、広く捉えれば自然の中の一部だと言えるのなかと。であれば、一宮町でもあえて緑の豊かさなどを演出しなくとも、そこにあるものでSANUのコンセプトを実現できるように思いました。そこで着目したのが、どこにでもある『空』。空は誰の上にも広がっていて、太陽は毎日昇って沈みます。最も大きな自然の営みが、一宮にもあるじゃないかと気がついたとき、それを軸に据えて建築を創っていけば、それは自然への感謝や気づきにつながるのではないかと思いました。その結果できあがったのが、太陽の光と力を存分に感じられる、現在のセカンドハウスのデザインなんです」

こうした考え方の背景にあるのは、加藤氏が育ってきた環境の影響も大きい。加藤氏が小学生の頃に住んでいた横浜市の沿岸部は、埋立地を活用し、計画的に整備された都市。人工物に溢れた環境だったが、加藤氏はその中でも、幼心に自然を感じていたのだという。

「人工的な小川や林がたくさんありましたが、子どもにとってはそこが自然でした。獣道をつくったり、小川に葉っぱを流して遊んだりしながら、人工物と融和する自然を感じていたのです。そうした私の地元が、実は大規模な都市計画のもとにつくられた街だったと知ったのは、工学院大学の授業の中でした。建築を専門とする各界の先生方が携わって出来上がった街で育ったからこそ、空間をつくること、街をつくること、建築に興味を持つようになったのかもしれません」

キャリアの転機を生んだIDÉEでの経験

加藤氏のキャリアは決して一直線ではなかった。大学を卒業後、聴講生として1年を過ごした。その後、隈研吾建築都市設計事務所に入社。約3年間勤務した後、大きな転機が訪れる。

加藤氏は、当時青山にあったライフスタイルショップ、クリエイティブ集団の先頭を走っていたIDÉEを訪れ、かつて経験したことのない空間の魅力に衝撃を受けた。

「今までも建築を勉強し、空間が好きだったので、歩いているとなんとなく図面が頭の中で出来上がるタイプと自負していました(笑)。でもIDÉEショップは全く違いました。迷路のように迷い込んでしまう。それがすごく新鮮で、魅力的でした」

その後、隈研吾氏の紹介を経てIDÉEに転職。加藤氏は、建築とは異なる世界に飛び込むことになる。

「IDÉEでは、プロダクトデザイナー、料理人、植物の専門家、編集者、音を手がける人など、全く異なる専門性を持った人たちが集まっていました。自分がやってきた建築という領域は、実は生活を良くするための一部分でしかなかったんだと気づかされました」

特に印象的だったのが、インドネシア・バリ島でのプロジェクト。

「現地の職人たちと協働しながら、バリの伝統的な工法や素材を活かした空間づくりに挑戦しました。言葉は通じなくても、スケッチを描きながら、お互いの考えをすり合わせていく。とても大きな経験になりましたね」

また、IDÉEでは、現在の加藤氏につながる再生・リノベーションのプロジェクトも、現在のようなストック物件を利活用するトレンドが生まれる以前から経験してきた。

「再生・リノベーションという、新築とは違う領域があることに気付きました。既存の土地や建物の価値や物語を活かして生まれ変わらせるリノベーションはおもしろかった。自分の性に合っている仕事だなと感じて以来、ずっとリノベーションには携わっています」


工学院大学での学びが今に活きる

工学院大学在学時、加藤氏は谷口宗彦研究室に所属していた。

「谷口先生の研究室では、フィールドワークが多かったのがとても良かったです。実は集落の再生に関する実地調査も経験したことがあるのですが、当時はその意義がよく分かっていなかったけれど、今ならよく分かります。そうした経験も、現在手がけている広島県の瀬戸田でのプロジェクトに活きている気がします」

また、新しい技術に触れる機会も多かった。研究室にはMacがあって、CADソフトを使うことができ、最先端の技術やソフトに触れられる環境も大きな刺激になったという。

さらに、八王子キャンパスと新宿キャンパスという、対照的な二つの環境で学んだことも、現在の仕事に影響を与えている。

「八王子では緑の豊かなキャンパス内を自由に動き回れる環境があり、新宿では都会の中でじっくりと考える時間がありました。その両極端な体験が、今の仕事における視野の広さにつながっていると思います」
加藤氏は現在、東京と軽井沢の二拠点で活動している。

これから社会に出ていく後輩たちへのメッセージを尋ねると、加藤氏は「自分の内側にある熱量や想いを大切にしてほしい」と強調した。

「工学院大学で過ごした4年間で、学生の皆さんはきっと何かしらの技術を身につけてきたと思います。でも、それをただ使う人になるのではなく、その技術を使って『何を成し遂げたいか』を考えて、その想いを育てていってほしいです。大手企業や有名な建築事務所に入ることだけが正解ではありません。就職はゴールではなくスタート地点なので、人生をかけてやりたいことにつながっていけばいいのではないでしょうか。

未来は、誰にも分かりません。10年前を振り返って、僕自身、今ここでPuddleをやっていることなどまったく想像できていませんでした。だから、学生の皆さんも今できる最良の選択をしておけば良いと思います。芯があれば何でもやっていけるはずです。大学、会社のみに捉われず、ぜひいろいろなことに挑戦し続けていってほしいです」


Puddle株式会社
https://puddle.co.jp/